過酷な戦争の中で弱さを見せず悲しみを力に変え逞しく生きる度胸アンナの人情悲喜劇。
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20世紀を代表するドイツの劇作家ブレヒトの時代を超えて愛され続ける代表的名作の新訳刊行です。この戯曲は今にも第二次世界大戦が勃発かという時期の1939年にナチス・ドイツに追われる著者が新たな亡命先のスウェーデンで書き上げました。作品の舞台は17世紀ドイツの三十年戦争で、著者が当時300年前に起きた戦争を改めて検証し考察する為の試みだったのではないかと言われています。
戦時下のヨーロッパの戦場を軍隊に従って幌馬車を引きながら、それぞれに父親の違う三人の子供を連れ戦争商売で稼いでしたたかに生きる女商人アンナ。彼女の魅力に惹かれた従軍牧師や料理人もお供にしながら、次第に過酷さを見せる戦地で母アンナの笑いと涙の旅が続いて行くのだった。
戦争という過酷な環境で唯何もせずに怯えて犠牲者に甘んじるのでなく、戦争をビジネス・チャンスと捉えて積極的に商売して生きて行こうとする度胸アンナのど根性は半端でなく本当に大したもんだと思います。旅を続ける内に戦争の影が子供達にも忍び寄りひとりまたひとりと悲しい出来事が起こりますが、それでも決して弱さを見せず悲しみを力に変えて逞しく生きる姿には思わずもらい泣きしそうになります。けれど著者は本作をお涙頂戴のドラマにはしたくなかったらしく、終止徹底して陽気な喜劇調の可笑しさで全編を覆っています。とうとうひとりぼっちになっても立ち止まって思い悩む暇もなく「また商売を始めなくっちゃ」「私も連れてっておくれよー!」と叫んで連隊の後を追うアンナの旅はどこまでも永遠に続きそうです。けれども彼女が薄情だと感じてその事で生き方を単純に良い悪いと判断するのは間違いで、戦争が否応なしに人間を変えてしまうのだと思います。劇中歌の一節「いまだに死ねない連中は、いまこそ急いで出陣だ」に皮肉なユーモアが漂う本書を読んで、貴方も戦争と人間について改めて考える機会を持って頂きたいと思います。