英語好き、文学好きにとっての待望の書!
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著者の上岡氏はドン・デリーロなどの現代アメリカ文学を翻訳される一方で、『現代英米小説で英語を学ぼう』や『英語達人読本』(共著)などの著書があり、「名文で英語を学ぶ」という語学学習の視点に立った本も精力的に執筆されている。本書もその系列に属する。英語好き、また文学好きにとっては、こういう本の存在は大変ありがたい。
本書はNHKの語学講座のテキストに連載されていた文章をまとめたものである。明治期から現在までの作家20人の作品を取り上げ、その英訳と原文の日本語とを読み比べている。1つの作品につき3つほどのパッセージが引用され、「会話や作文の参考に」なるような表現を取り上げながら、個々の英訳が原文の日本語の雰囲気をどこまで表現し得ているのかをわかりやすく分析してみせる。ときには誤訳と考えられる部分にも焦点を当てているが、これは「原作のどういうところが理解しづらいのか、訳しづらいのか」という視点から、いかにすべてを移し替えることが、ある事象においては難しいかを冷静に分析しているのだといえる。「誤訳」もある意味原文と翻訳を読み比べる上での楽しみかもしれないし、語学の学習としては非常に有益な示唆さえ与えてくれることもあるだろう。謙虚に学ぼうという著者の姿勢は、興味本位にあらさがしをするそれとは一線を画しているといえる。
さて、個人的には、筒井康隆の言葉遊びを見事なまでに英語に置き換えている「傾いた世界」、横溝正史の使う難しい漢語を丁寧に英語で表現してみせている『犬神家の一族』の英訳の素晴らしさに魅せられた。前者の言葉遊びの面白さは、むしろ原文と翻訳を対比して見たほうが断然おもしろい。
その他に扱われている作品は以下の通りである。
村上春樹『ノルウェイの森』「品川猿」『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』、筒井康隆「最後の喫煙者」、鈴木光司『リング』、藤沢周平「三ノ丸広場下城どき」「一顆の瓜」「臍曲がり新左」、大沢在昌『新宿鮫』、小川洋子「ダイヴィング・プール」「妊娠カレンダー」、金原ひとみ『蛇にピアス』、角田光代『対岸の彼女』、湯本香樹実『ポプラの秋』、夏目漱石『坊ちゃん』『吾輩は猫である』『草枕』『夢十夜』『こころ』、宮沢賢治『鹿踊りのはじまり』『セロ弾きのゴーシュ』『雪渡り』、芥川龍之介『羅生門』『藪の中』、幸田文「勲章」、川端康成『雪国』、二ノ宮知子『のだめカンタービレ』、中野独人『電車男』、ビートたけし『少年』、宮部みゆき『ブレイブ・ストーリー』、嶽本野ばら『下妻物語』である。