ねちねちとした嗜虐的な皮肉
★★★☆☆
谷崎氏の随筆を主にまとめた一冊。七篇収録されているので、どれが面白いかは読む人の好みによっておそらく変わると思います。私の場合、表題に採用の「月と狂言師」はいま一つ(「蘆刈」を読み返した方がいい)、底意地悪い毒舌が展開される「所謂痴呆の藝術について」が一番好きです。同篇は親友の辰野隆氏が罵倒する義太夫に対する反論を依頼されたのが執筆のきっかけであったにも関わらず、次第に辰野氏に共鳴する論調へと変わっていきます。 果ては「国粋藝術として世界に宣伝する程のものではない」だの、「自分がそれを擁護する人間と思われるのは心外」と匂わすだの、関係者を敵に回しかねない辛辣ささえあります。また、氏が学生時代に、江戸っ子至上主義から来る地方出身者への皮肉や侮蔑が原因で殴られたなどというエピソードから、「所謂痴呆の藝術について」は「所謂地方の藝術について」に裏読み出来そうな気がして笑えました。
その他では、「疎開日記」で記された驚きの食生活も一読の価値ありです。戦時中のそれとはとても思えないような質・量には、よく授業で聞かされた大戦中のひもじさや悲惨さとまるで別世界です。総括としては不案内なレビューに終始しましたが、かの一篇は氏の「嫌な奴ぶり」を読みたい方に是非オススメです。