科学では理解できないというのは、理解できないということ
★★☆☆☆
レビューを書くようになってから、面白くなくても最後まで義務的に読むようになっていた。これではいけないと途中でやめてしまったのがこの本。
なぜやめてしまったのかと言うと、この路線では「こころ」の本質は分からないだろうなあと思ったからだ。彼自身が「人間学的精神病理学」の系譜に連なるものと書いているのだが、この哲学的な取り扱いは主観性が強く客観性が確保できなさそうである。
筆致も精神の異常に対するあふれる共感が、客観性を奪っており、事実と言うより意見と言う性格が強い。
客観性を重視した「科学的」立場で「こころ」の本質は理解できないと言うのはたやすいが、それでは共通の理解を深めることなどできないのだ。理解すると言うことこそが科学なのだから。
発達障害の良心的な解説書
★★★★★
統合失調症、自閉症、アスペルガ-症候群、ひきこもり、など現代社会の大きな問題でありながら、本質的な議論、理解も啓蒙もなされないまま一般人には遠い世界のように考えられている疾患群。理解できないものにはフタをして隠してしまおうという伝統的な日本人はまだまだ多数派である。著者はこれらの精神障害を取り上げ、正常と障害との連続性に注目し理解しようと試みる。社会的自立の難しい今日の社会にこそ彼らを不適応にしてしまう背景がある。そのまなざしはヒューマンで暖かい。この本は偏見と自己嫌悪に悩む本人、家族に希望と生きる勇気を与えるだろう。日本にもこういった平易な語り口で物事の本質に迫る医学者がいるんですね。さすがは中井久夫先生の弟子。
少し気になるところがある本
★☆☆☆☆
玉石混淆というよりも、弊害が多い本という感想を持った。レビュアーも耳障りのよい語り口に、筆者の主張が見えていないようだ。一例として
P155
以上のごとく、なんらかの精神機能にハンディキャップを見いだしたとき、その精神機能がどんなプロセスで獲得されるのかの発達論的な吟味を怠るところに、ラターからバロン=コーエンに至るまで、現代の主導的な自閉症研究の弱点があります。そのため実証から解釈への思弁が逆立ちになるのですね。
*精神機能が発達論的に獲得されるということを筆者が述べているとしたら、それは大きな誤りであろう。生後1年以内のシナプスの消滅により、獲得される言語も限定されることが実証されつつある。同様に、発達期に自閉症児の外界(世界)の認識障害が生じることは、何らかの脳機能障害が存すること以外にどのような説明が可能なのだろうか。筆者は発達論の排除が、自閉症理解の壁となってきたと言いたいようだが、基本的な誤解と思える。
正規分布する
★★★★☆
この本を読んで「なるほど」と思ったことが3つあります。
1.何事も正規分布するということ。
身長も知能も100メートル走も鼻の大きさも正規分布のどこかに入るだけであってそこには「異常」という仲間外れなんてないんだよということ
2.認識の発達水準と関係の発達水準があるということ
英語をマスターする能力と営業で車を売る能力は確かに違うものですね。
3.学校の絶対性・聖性の失墜について
学校は税金を使ってサービスを受けるところにすぎないのでしょうか。高級車に乗ってるのに給食費を払わない親がいるそうですが変な時代になってしまったものです。
精神医学入門編
★★★★☆
障害のある子どもを持つ親は自分の子どもの障害はよく
知っているが、他の障害についてはなかなか理解ができていない。
(っていうかそこまでゆとりがない)
同じように不登校のお子さんを持つ方もきっと自閉症のことも
また別のことだと思っているだろう。総合失調症もそうだ。
自分や家族に症状がなければ、詳しく知ることもなかった。
一見関連性のないこの3つの病理に焦点をあて、詳しく分析されて、
わかりやすく説明されている。
私にとっては優しい精神医学の入門編的な本でした。
改めて自閉症の我が子を見て、この子の「こころ」にどうやって
アプローチするか、そして共同性に向うようアシストできるか、
親として考えさせられました。