謹厳の美学
★★★★★
オイストラフは自分の技巧を聴衆にひけらかすような表現は少しも念頭に置かなかったヴァイオリニストだが、このソナタ全集でもベートーヴェンのヴァイオリンソナタの混じりけの無いエッセンスだけが抽出されたような印象がある。しかもピアニスト、オボーリンの派手なアピールを一切嫌った、洒落っ気に乏しい一徹で謹厳な解釈は聴く人を選んでしまうかも知れない。しかし彼らのアンサンブルは非の打ち所が無いくらい正確無比な上に細やかなダイナミクスに溢れた、実に芸術性豊かなものなのだ。またその潔癖さゆえに彼らの演奏は独特の透明感を放っていて、じっくりとこの曲集を鑑賞したい者にとっては、飽きの来ない、常に新鮮な感動を与えてくれる普遍性を持っている。1962年のアナログ録音をデジタル・リマスターしたもので、残響が少なくヴァイオリンからかなり近距離で採取された音は、顕微鏡的な視点からオイストラフの完璧な奏法と音質を堪能できる。
耳もとで、愛を囁かれるような。
★★★★★
聴き手の心を掴む演奏家、ダヴィッド・オイストラフ。
交響曲とは一味違う、甘く美しい旋律を持つベートーヴェンの室内楽。
この2つが響き合い、心地よく胸を締め付けられるような録音集。
恋する気持ちそのもののような「春」。
豊かで厳粛ですらある「クロイツェル」の響き。
初々しく、語りかけてくるような、初期の作品の旋律。
それらを奏でる絶妙のテンポは速くもなく、遅くもなく、
艶のあるヴァイオリンと、会話をするようなオヴォーリンのピアノの音色。
録音は1968年。
ちょっと古いため、ハイファイな音ではありませんが、
心のひだを直に撫でられるようなこの感覚は
最近の録音ではなかなか味わえないものだと思います。