野田秀樹という「謎」に迫る
★★★★★
なぜ野田秀樹の芝居にこんなにも心惹かれるのだろう?
夢の遊眠社の芝居を観はじめた時からの謎であった。
その謎に迫りたい、この野田秀樹という人物の生い立ちを
知りたい、と強く思うようになっていった。
本書はそんな私の長年の希望をかなえてくれた。
多くの関係者に丁寧に取材し、幼年期、少年期、思春期と
この才能が育ってきた過程を丹念に追った労作である。
「はぐくむ」という言葉があるが、小学校の濱野先生、
高校の勝田先生、大学の高橋康也先生をはじめとした教師たち、
才能豊かな多くの同級生・先輩・後輩たちに囲まれて、
野田秀樹はまさに、はぐくまれていったのだ、と深く心を打たれた。
特筆すべきは、高校時代に書かれた伝説の戯曲
「アイと死をみつめて」と「ひかりごけ」が
本書によって初めて公刊された点である。
この2編の戯曲は、長らく幻の存在だったが、
中学校から夢の遊眠社までを共に過ごした友人が
大切に保存していたものだという。
まことに貴重な財産にふれられた喜びを感じた。
(なお「ひかりごけ」上演時の興奮については、
ユリイカ2001年6月臨時増刊号 総特集=野田秀樹所収の
宮城聰「野田秀樹のひかりごけ」に詳しい)
すでにこの2つの作品では、切実な「死」が描かれている。
生い立ちの章に記されている身近な人々の死のエピソードを読んで、
野田秀樹自身の語る「ものすごく事態がうまくいっているときでも、
なにかが憂鬱で仕方ないという気質がある」という言葉が心に響いた。
本書によって野田作品の底に流れる「謎」に一歩近づける気がした。