あえて京都を離れた丹後半島の旅で、著者は「山椒大夫」をはじめとするさまざまな伝承の背景に迫る。山椒大夫といえば、誰しも森鴎外の小説を思い浮かべるが、その原点たる説教節に立ち戻り、近代文学がそぎ落とした豊かな世界を再現してみせるのだ。ほかにも、大江山の鬼は酒呑童子だけでなく、全部で3種類が存在したこと、浦嶋太郎伝説が変遷してゆく過程など、誰もが知っている物語のなりたちが解き明かされてゆくさまは、きわめてスリリングである。また、伊勢神宮と並んで皇室の尊崇をあつめた加茂の神についても数十ページを費やして叙述しており、京都を考えるうえでの新しい視点を得ることができるだろう。写真や注釈も充実しているので、ガイドブックとしても楽しめる文化論という、贅沢なつくりになっている。
だが、それだけでは本書の魅力について述べきったことにはならない。該博な知識や豊富な資料といった学問的裏づけに満ちた旅であるのはもちろんだが、そこは劇作にも手を染める著者のこと、風雨をおして酒呑童子が住んでいたという洞穴に向かったり、上加茂神社の奉納相撲で斎王と力士の恋を想像してみたりと、ふと奔放に筆のそれる場面が、またおもしろい。こうした想像力こそが、余人の思い及ばぬ日本学を築き上げさせたのだろう。著者はこのシリーズにきわめて意欲的であるようだ。今後も古都を極める旅が永く続くよう、祈らずにはいられない。(大滝浩太郎)