小さい頃から生き物の命に魅了され感性豊かに育った著者は、その才気を存分に生かして生命科学者の卵となり、アメリカコロンビア大学で、当時最先端の遺伝子生物学を学ぶ幸運に恵まれる。2年半の留学期間中に出会った高名な科学者達から受けた学問的な刺激と人格的学びは、著者自信が自分の学問的課題に正面から向かい合ってこつこつと実験を積み上げていくことで到達する喜びとあいまって、学問すること、科学することの純粋な喜びや興奮を私たちにも伝えてくれる。純粋に科学することの喜びに熱中していた当時から時代は下り、いま、科学することが(遺伝子生物学が)金儲けにまみれ、有用性を追い求める競争に成り果てている。著者は生来のいのちに対する感性と、難病に40年間苦しめられた経験を通して、遺伝子に魅了されながらも、生命倫理を飛び越えて一人歩きし始めたDNA研究に危惧を感じている。
それにしても、次々紹介される遺伝子実験は、科学の歴史に刻まれるような大実験であるにもかかわらず、素人の私たちにも十分理解できるように説明され、興味をそそらせるのは、さすがに一流のサイエンスライターだと思う。
いのち全体を宇宙規模で見渡した科学者が、学問の魅力とまた危険性を、明らかに示してくれる。