失った時間を取り戻す?
★★☆☆☆
乳がんを再発した女医が命を賭して出産するヒューマンドラマとしてみたら、この映画は(松雪泰子のセミ・ヌード以外)おもしろくもなんともない凡作である。冒頭から回想シーンがぶつ切りで挿入され、シーンとシーンのつなぎも雑なため時系列をつかみにくい。ミヒャエル・エンデの『モモ』からの引用と思われる「失った時間を取り戻してくれる」という言葉を曲解したラストの展開も、観客にとっては非常にわかりづらい。
滴(しずく)の死後、夫である良介(椎名桔平)が就いた職業、そして息子の瞬太(林遣都)が合格祝のご褒美にほしがったある物から察するに、滴の果たせなかった夢(失った時間)を良介が、良介の果たせなかった夢を瞬太が代わりに果たしてくれる(取り戻してくれる)という、きわめて即物的なエンディングで締めくくられているのだ。(夫が反論できないように)友人夫婦の前でわざと懐妊していることを打ち明けたり、稼ぎのない良介を反省させるべくチクッとする嫌味をいうところなど、冷静に考えれば滴という女かなりのタマである。
そもそも自分の死が確実になったと知った時、自らの分身である子供を夫に押し付け、終生自分のことを忘れさせまいとする用意周到な計画は、(男側からみれば)女のエゴ以外の何物でもない。しかも、カメラマンなどという不安定稼業には見切りをつけさせ実業につかせることによって、将来の子供の養育まで計算にいれているとは、半端ねぇ抜け目のなさである。『死ぬまでにしたい10のこと』のヒロインに比べると、その優しさには雲泥の差があるのだ。
そんなずる賢い女を母性というオブラートで美化して見せた本作はある意味奥が深く、今最も(松嶋菜々子や竹内結子よりも)白衣の似合うクール・ビューティ松雪泰子は、まさにこのヒロインにうってつけ。しかし、作家(谷村志穂)や脚本家・監督等にその意識があったかどうかは、はなはだ疑問である。エンドロールでどう考えても不要と思われる松雪が身につけていたバスタオル。女優からの申し入れではなく、演出の一部として意図的にやったことだったら、まだ救いがあるのだが。
余命
★★★☆☆
ひどく居心地の悪い思いで見ました。英国で末期医療に携わったことがありますが、欧米人には余りアピールしない映画かなと思いました。送り人とか黄昏れ清兵衛には文化や時代を超えた普遍的な、人として生きる哀しみ、というのがありましたが、この映画には出産、癌という具体的な医療姿勢に関わる問題が中心にあります。出産から死に至るまで末期癌には、緩和医療やケアという周りを巻き込んで面倒を見て貰う時期があることを当然予測していたはずなのに、出産を決めたときにどうして夫や友人を蚊帳の外に押し出してしまったのか。皆を信じていなかったのでしょうか。妻の癌を知った時の夫の悲しみなど考えなかったのでしょうか。夫は大切な時に寄り添えなかったという悔いを終生抱えていきていくでしょうに。医者である主人公の考え方がもう一つ納得いきませんだした。
英国の末期医療に携わる者は患者の自己決定の意思を尊重する事も勿論ですが、the principle of autonomyというのが中心にあって、informed decision making, accountability, team care, truth telling, dignity 等を教え込まれます。日本と欧米の人生に向き合う態度の違いをいまさらながら実感した映画でした。
これは余談になりますが、故中村元博士は日本人は情緒的な考え方をするといわれています(Ways of Thinking of Eastern People). 和辻哲郎博士は気候を、森三樹三郎博士は言語を影響要因として指摘されています。思いがけない文化の違いにふと出会うのははとても興味深いとおもいました。
淡々とした日常生活の中で
★★★★★
韓流9対邦画1という視聴バランスの私にとって,邦画の“難病物”ですから,主人公は死なず,お涙頂戴的な作品になるのだろうと思っていましたら,全く予想に反して,淡々とした日常生活が描かれているだけの作品でした。
しかし,その淡々とした中に生と死を見つめたテーマが隠されていて,お医者さんと乳癌という二つの緊張素材に“赤ちゃん”という緩和素材を見事に絡ませた感動作になっています。
松雪泰子さん(滴役)が,一見クールだけれど,実際には弱さ,脆さを抱えた女医役を好演していて,男の私が言うのも変ですが,滴が一人病室で涙しながら,赤ちゃんを抱き,授乳しているシーンは感動ものでした。
映像的には,百田家(主人公夫婦)のセットも,良い意味での生活感があり,インテリアの小物使いのセンスも良かったと思います。また,春の桜,緑の生い茂る夏,落葉の頃,白く降り積もった雪と,季節感の描き方も素晴らしかったです。この季節の動きが滴の体調の変化とリンクしていたようにも感じました。
癌を告知され,すでに手術で克服したと思っている私ですが,本作の10年後の再発には唸ってしまいました。しかし映画では,その辺りの後味の悪さを全く感じさせず,心が温かくなる作品に仕上げてくれています。
何より健康であること,家族と一緒にいられることの日常など,一見当たり前と思えることに対する尊さを再認識させられる秀作です。
心と記憶に刻みつけたい作品
★★★★★
生と死を見つめた、テーマとしては重い作品なのかもしれません。
何か特別のことが起こるわけでもなく、淡々と日常生活を描いている作品です。
前評判に比べ、興行成績が伸びなかった原因のひとつにはそんなことがあるのでしょうか?
ただ、個人的にはとてもメッセージ性の強い作品だと思いますので、日本でもこのような奥深い作品が受け入れられる土壌が育ってくれることを願っています。
主人公夫婦である百田家のセットも、良い意味での生活感があり、インテリアの小物使いのセンスも良かったと思います。セットでは、春の桜・緑の生い茂る夏・落葉のころ・白く降り積もった雪と季節感の描き方も素晴らしかったです。これは、主人公滴の体調の変化とリンクしていたように感じました。
映画の予告編をご覧になればわかるとおり、結末も予測できるものですが、15回私はこの映画を観ました。今まで同じ作品をこれほど何度も観たいと思ったことはありません。どうしてそんなに何度も観たのか、という理由は自分でもはっきりとしないのですが、じわじわと込み上げるものがありました。観た後、心が温かくなる作品です。そして、健康であること、家族と一緒にいられることの日常など、一見当たり前と思えることに対する尊さを再認識させられます。
特に、滴が一人病室で涙しながら、赤ちゃんを抱き、授乳しているシーンは、感動的です。
3回目に観たころから、このシーンの松雪泰子さんのお顔がマリア様に見えてきたのは私だけでしょうか?神々しささえ感じました。
一日も早い、DVDの発売が待たれます。私は、これから自分自身の人生を考えるたびに、この作品を思い出すと思います。