淡白な食道楽というのも悪くない
★★★★☆
中学生の頃、遠藤周作のエッセイはけっこう好きだった。インスタントコーヒーのコマーシャルで「違いのわかる男」として出演していた頃である。純文学の作家にはあるまじき、すげーくだらねー内容で、犬と猫を飼っていると、いずれ混血の「ニャンワン」が生まれてきて、高く売れば儲かる、などというようなものだったりする。どくとるマンボウこと北杜夫は、みやげにしなびたキュウリ3本しか持ってこないのに、飯を食っていくという迷惑な友人として登場したりする。そんなくだらない話ついでに、「沈黙」や「イエスの生涯」や「海と毒薬」なんていう本まで勢いで読ませてしまうのだから、あなどれない。
その遠藤周作の、食に関するエッセイを選んで集めたのが本書。食に対しても、好奇心とこだわりが透けて見える。文豪のはずなのに、俗人なんだなあっていう、その姿は、やはり狐狸庵を名乗るにふさわしいといったところ。もちろん酒についてのエッセイも多数収録されている。何よりの贅沢は、切ったばかりの青竹の筒で日本酒をお燗すること。竹の香りがすばらしい、らしい。今なら、余計な香りをつけて、と思うかもしれない。けrども、狐狸庵先生は日本酒は特級酒しか飲まなかったそうだけれども、それでも竹の香りがあった方がいい時代。というところが、俗人なのだ。お酒もコーヒーも、違い以前なのだった。
エッセイの時期によって、文壇の仲間と遅くまで飲んでいた中年期から、晩年はやっぱり柿生の郷で自宅で飲むのがいいなあ、という変遷なんかもわかる。文豪の酒の歴史、みたいなところは、本書の読みどころかもしれない。そうした中では、留学時代に飲んだワインの話が、ちょっといい。それから、留学先から帰ってきたときに、先輩の作家に連れられてカストリを飲みに行く話も。
たぶん、40代から50代の人にとって、微妙な読後感の残る本だと思う。若くても、人生を知りすぎてもだめ。そもそも、遠藤周作は悟りきれない弱さにこだわり続けた作家なのだから。