よく「企業は人である」といわれる。それは、個人がもつ暗黙知が企業によって重要な価値の源泉となるからだろう。近年では、このような個人がもつ暗黙知に着目した「ナレッジ・マネジメント」の概念が定着し、多くの企業が暗黙知の共同化、表出化、連結化、内面化に取り組みはじめている。だが、現実にはナレッジ・オフィサーという役職をつくりだしただけで、旧来どおりのやり方をしていたり、逆に知識の創造を妨げたりしているケースも少なくないようだ。
本書で提言される「ナレッジ・イネーブリング」は、このナレッジ・マネジメントの実状を打破しようとするものである。著者らは、知識を管理するのは基本的に不可能だとし、管理よりもむしろナレッジを生みだす環境づくりや機会の提供に重点を置いている。よって本書では、知識創造を妨げる要因について言及したうえで、知識創造を促進する「ナレッジ・イネーブラー」を十分な紙幅を割いて解説している。資生堂やGE、アセア・ブラウン・ボベリ、KPCB、ソニーなどの例を引き、「ナレッジビジョンの浸透」「会話のマネジメント」「ナレッジ・アクティビストの動員」「適切な知識の場作り」「ローカル・ナレッジのグローバル化」といった5つの「ナレッジ・イネーブラー」について解説した部分は特に注目に値する。経営学のみならず哲学や言語学、歴史など、さまざまな学問領域から知を借りて論を展開している点は興味深い。
変化の激しい情報化社会で生き延びるのは、学習し続け、知識を創造し続けられる企業である。その点で、知識創造企業実現のための方策を示した本書は、マネジャーにとっても、社員にとっても意義のある1冊といえるだろう。(土井英司)
見過ごされがちだが、SECIモデルにおいて非常に重要かつ実行が難しいのは、他人に伝わる形(表出化)にしたり、自ら体得(内面化)したりすることだ。しかし一條氏は「バリュー経営」で、これを乗り越える秘訣を提示している「相手の経験を尊重し、相手の個人的知識を尊重しながら、尊重的な相互関係を生み出す『ケア』の思想」がそれである。
「ケア」を体現するためにはどうすれば良いのか?勘の良い方はもうお分かりだろう。この本で述べられている五つのナレッジ・イネーブラー、これこそケア実践のための箴言なのである。
ちなみに本書には構造主義という言葉がよく登場する。だが、今からすぐ社会学を勉強しなければ!と鼻息を荒くする必要は無い。これは「人の知識は個性的なんだ。万人に通用する上手い知識の発現のさせ方なんかあるのか?」という疑問に、著者達が「ある」と答えているだけなのだ。子供の育て方は千差万別だが、「こういった育て方をしたら育つだろうなぁ」と感じることもある。実は同様に、知識表現のために誰もが心の底で欲しているにも拘らず、誰も表現できないものが存在する。そういったものを著者達が、はぁはぁぜぃぜぃ言いながら見つけ出したということなのだ。
最高に興奮させられる書物だった。読者はもう一度読みたくなる衝動に駆られるだう。