優れた分析
★★★★★
数年前に購入、一読して、非常に感心させられた。10番が傑作であるとの主張にも共鳴できる。また、オーストリア文学やフロイトに詳しい為、分析が音楽学者のものより視野が広く、多角的であるのも好い点である。「復活」と「千人の交響曲」を外している点への不満を持った方もおられるようであるが、私はこの2曲は外して好いと思う。3番の分析などはとても参考になる。
画期的で、今後のスタンダードになり得るマーラー論
★★★★★
この本がどれだけ意欲的であり、マーラー研究において画期的であるか、語りきれない自分の筆力の無さがうらめしい−−そう思わせるほど、この本はあまりに素晴らしく、読後の感激を禁じ得なかった。
特に印象的だったポイントを挙げておく。
1)アルマとの距離のとり方
いままでマーラーの言動の引用元としてよく利用されてきた、妻アルマの証言から一定の距離を保っている。アルマは魅力的なテキストを多く残したが、交響曲第10番の楽譜を長く秘匿した事や、死後のマーラーの神聖化・伝説化を推進するなど、その言動に作為が見られるためだ。
ただし、アルマという「作曲家であり理解者でもある最良の助手」を得た事により、マーラーの作曲活動が最高潮に達したことも公平に論じている。
2)交響曲第9番論
この交響曲を論じる際の定番は、間近に迫ったマーラー本人の死と絡めることである。また、多くの作曲家の遺作となった因縁の番号だけあって、マーラーが死への恐怖から「大地の歌」を第9番としなかった、という説もよく知られる。
ところが筆者は、真っ向からこれに反駁している。様々な証拠や周辺状況から、第9番作曲時のマーラーは「心身共に極めて壮健」な状態にあり、だからこそこれだけの傑作を書き得たのだ、と論じる。
3)交響曲第10番論
国際マーラー協会は、この曲の第1楽章しか出版していない。略式譜は完成していたが、オーケストレーションが中途であるためだ。
しかし筆者は、この曲をマーラーの真筆としない姿勢に対して、協会の独善だと厳しく非難している。「例え補作の手が入っても、人類の至宝たる名曲である」「補作者クックの姿勢は、極めて謙虚かつ真摯だった」「支持・不支持の最終判断は、協会ではなく聴衆がすべきである」という主張には、全く持って首肯せざるを得ない。
マーラー研究は、次々と新しい資料が出てきていることもあり、今後の筆者の更なる著作にも大いに期待したい。
秀逸なマーラー解説書ではある。だが、
★★★☆☆
大作曲家マーラーの伝記。本の構成は、生涯編と作品編に分かれていて、それぞれ時系列的に並べて解説がしてある。本の大きさは、新書本程度で、どこでも読める手軽さがある一方、文字が小さく読みづらいという欠点がある。
内容だが、著者がフロイトの専門家であるだけに、その方面からのアプローチが多く、マーラーの生涯においては、冷静な態度で議論をしており、つまり、人間マーラーという視点で書かれた部分は、非常に秀逸である。内容が新しいのも、本書の特長だろう。
しかし、やはり気になるのは、作品編に第二交響曲と第八交響曲の解説がすっぽりと抜けている事だろう。著者は嘆きの歌の解説内で、「原稿字数の為」と述べた上で、作品の好みも仄めかす形で、この理由を記しているし、生涯編の方でも触れられてはいるのだが、この部分で著者に対して少し不信感が生まれてしまった。
確かに、マーラーファンだからすべての作品を好きになるとは限らない。それに自分の著作に、必ずすべての作品についての解説を載せなくてはならないというルールはない。他の解説書にも、歌曲や室内楽作品など、載らない曲も多い。
しかし「マーラー 人と作品」という名前でマーラーの解説書を書き下ろし、世に問うならば、仮に著者が嫌いだとしても、この二曲に対しては、この部分が陳腐である、とか、具体的な反論を書くべきではなかったのだろうか。「私にも好みはありますし、丁度字数も足りない事ですし、あえて議論を挟まない事にします」、という態度には疑問を覚える。この二つの交響曲は、実際には録音にも恵まれ、実演は頻繁とはいえないが、それも設備面や金銭面が主な理由であり、作品の価値とは関係ない。本書の他の部分が良いだけに、そこだけはがっかりしてしまった。
このように、部分的にはかなり個人色の強い本であるので、万人にはお薦めできない。すでに何冊か、マーラー解説書を読んだ上でこの本を読めば、新たな刺激となることは間違いない。
最新資料を駆使した読ませる評伝。力作です。
★★★★☆
サイズは小さいけれど(字のポイントも小さいのでおじさんには辛いかも)圧倒的な情報量と刺激的な論点に満ちた非常にすぐれた評伝。これでこの価格は安すぎるとしか言いようがありません。妻アルマとの葛藤の分析は実に説得力があり、作品分析も見事(2番と8番を外しているのには拍手。10番を9番に匹敵する傑作とするのもまったく同感。アドルノのマーラー解釈の方向性を受け継いでいるのも納得)。ただし、後書きにもあるように初心者にはちょっときついかも。またユダヤ教会には洗礼はないこと(著者が知らないはずはないのだけれども)など、文章に勢いがあるので、レトリックなのか事実誤認なのかきわどいところもあったりしますが、全体としては文句なしにマーラーファン必携です。ファンならこれを肴に何回も飲めます。もう少しユダヤ的背景にアクセントがあれば五つ星です。