とても面白く楽しめる本
★★★★★
この本は、44億5千年前に地球が誕生した後、10億年程度経て「最初の生命(=自己複製を行う遺伝子)」が誕生した後、5億年ほど前に古生代・カンブリア紀にカンブリア大爆発と呼ばれる多種多様な生物が現れるまでの、35億年前から5億年前の「最初の生命の30億年間」に何があったのかを分かりうる範囲で、なるべく仮説に偏らず科学的な事実を元に述べたれた本である。従って、ほとんどは細菌(シアノバクテリア等)や古細菌の原核細胞の話で、動物・植物の起源である真核生物の起源の話はあるが、もちろん恐竜や三葉虫などの生物の話はない。
結論から言うと、生命が最初にいつ・どのように誕生したのも分かっていない上に、最初の生命から細菌類が10億年間以上かけてどのように進化しえたのかも実はあまりよくわかってもいない。ただ、太古の地球の気候や大気成分の分析に加え、地質学・地球物理学からの分析結果を受けて、原生代(25億年前から5億4300万年前)の間の中期(16億年前)以降については、ようやくかすかに分かり始めてきて、加えて微化石やその痕跡などから少しずつ科学的にも結論付けられ始めてきたといのが実情のようだ。
少しだけ生物学の知識は必要であるが、とても面白く楽しめる本である。この本を読んだ後に、カンブリア紀以降の生物の進化の本を読むと、更に面白いことと思う。これだから、生物学の本はやめられない。
丁寧な本
★★★★★
丁寧な本だ。
生命の歴史、ないしは進化の歴史として、一般に知られているのは、古生代以降、すなわち過去6億年の大型生物の進化史である。つい20年前までは、古生物学者にとってもそうであった。
ところが、最近のDNA配列を用いた系統の分析と、同位体分析の進歩などで、先カンブリア時代(古生代以前)の生物についての理解が急速に進んだ。これは、生命とは何か?ひいては、われわれはどこからきたか?われわれは何者か?に対する答えに影響を与えざるを得ないので、ある意味最もホットな話題である。本書は、その最新の知識を最も適切な専門家が解説した本だ。
さすがに、現在分かっていることについてかなり詳しくつっこんで書いてある。合間にフィールドワークのエピソードなどもあって、読み物にもなっている。ただ、内容は一般にはかなり難しいし、分からないことは分からないと書いてあるので、欲求不満になるかもしれない。それは、逃げずにきちんと説明してあるからで、きちんとつきあえば確かな知識がつくことは保証する。
私自身の収穫というと、地質学・古生物学はやっぱり博物学だなあと再認識したことにある。岩石や生物の名前、それらが意味するものを個別に知らないと過去の復元が出来ないわけで、本書でも様々な岩石や生物の名前がでてくる。それに、総合的な学問でもある。過去の復元のためにはありとあらゆる手段を用いる。本書でも同位体分析が主役になったり、気候シミュレーションが重要な役割を果たす。博物学の枠組みを越えて極めて幅広い知識と理解が必要になる。ある意味大変な学問だ。それに対して、初期生命研究のもう一つの柱である DNA 系統学は原理さえ分かれば、結果の理解はたやすい。生物学の中で最も数学的な分野だろう。この双方が必要なところが進化学の面白いところだ。
昔ラザフォードは「すべての学問は物理学と切手収集に分けられる」と述べた。彼が切手収集的学問をバカにしていたかは明らかではないが、自然の理解のためにはどちらも重要だということを見せてくれるのが進化学なのだろう。
驚きと興奮に満ちた、進化の歴史の“長い長いプロローグ”
★★★★★
“進化”を題材にした本の多くが、「人類」「恐竜」など大型の多細胞動物の進化を扱う。しかし本書のテーマは、35億年以上前と予想される生命の誕生から、約5億4000万年の先カンブリア代末期までの、30億年という気の遠くなるような長い“進化の序章”。
必然的に、ほとんどは細菌類・古細菌類の進化の話で占められており、単細胞の動物・植物にたどり着くのは、ずっと後半になってから。“物語”も終盤を迎えた頃に、ようやく多細胞生物が登場する、といった具合なのだが…。
正直、細菌の進化の話が、これほどドラマチックで面白いとは想像もしなかった。
「細菌」が実は、それ以外の全生物の系統を合わせた以上の“多様性”をもっており、「硝酸塩呼吸」「鉄呼吸」「硫化水素呼吸」など、その多様な生き方によって生態系内の物質循環を支えている…という、“微細で取るに足らない生物”という細菌への偏見を覆す話が登場する。そして、今の地球環境は細菌と惑星の相互作用による“共進化”が作りあげたもので、細菌が作り上げた環境に適応(寄生?)して生まれたのが我々を含む動物・植物であるということが、進化の歴史を辿りながら明らかになっていく。
著者は、世界各地にかすかに残る太古の生命の痕跡(かも知れないもの)を、丹念に自らの足で辿り、精密に慎重に一つ一つの証拠を検証しながら、遠い時の彼方に霞む“生命史の長いプロローグ”に、少しずつ、行きつ戻りつしながら迫っていく。一見遠回りに見えるその姿勢はしかし、章を重ねるうちに“強い説得力”を生み出していく。
最終章では地球外生命の可能性について考察し、そこから振り返って、地球の生命進化に未来はあるのか?という疑問が投げかけられる。生命進化研究の大家による、何とも重い問いかけである。
スノーボール・アース仮説に関する中立的な見方も教えられた
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8章「真核細胞の起源」で、細菌の次の段階へのステップは、細胞内共生だったというのには驚く。葉緑体の起源が内部共生するシアノバクテリアであり、ミトコンドリアも別個に仕切られた部分にいて、真核細胞の一部になっている、という。このシアノバクテリアは二酸化炭素を取込み酸素を吐くこで10億年以上かけて酸素を大量に生産して、それまで生きていた大部分の嫌気性バクテリアを一部においやり、酸素によって生きる大型生物の発生を加速させたという、進化の主役のようなバクテリア。
p.184の共生による"進化"の図は《自然の姿が「弱肉強食」というより「合併吸収」に思えるような初期の生命進化に対する見方》には新しい知見をもらった感じ。生命の世界というのは、絶対君主が支配するというようなものではなく、委員会のようなものだ、と書いていのだが、深い説得力を感じる。と、同時にカンブリア期の進化の大爆発以降は、《微生物だけでなく動物も、捕食者を避けなければならず、海藻も、食べられないように対処する必要に迫られた。要するに、捕食者の動物が、途方もなく重要な役割を及ぼす環境因子となった》(p.260)というのだから、一筋縄ではいかない。
発生からスノーボール時代の後までの生命史
★★★★☆
この本は,Walker: The Snowball Earth(ジャーナリストが書いた)に対抗するかのように,先カンブリア時代専門の古生物学者が書いた初期の生命の入門書である.扱う時期が非常に古いので,日本には対応する地層が全くない.その間に小さい生命体は海を2価の鉄に富むものから鉄を含まないものに変え,大気を窒素と二酸化炭素の混合物から遊離の酸素を含むものに変えた.新原生代中期のスノーボール期を越えると,突然多細胞のかなり大きい動物 (Ediacara 動物群) が出現するが,原生代/古生代境界を境に全然別の生物群に置き換えられる.ここまで話の舞台はすべて海の中である.上陸は古生代の事件なのでこの本では扱われない.この本は,さすが専門家によるものだけあって,スノーボール期の意義についても,Walker の本より遥かに妥当に思われる.訳文は,学問と文学についてはよく調べてあるのに,研究者たちが現場で使う言葉に余りに弱いのが残念である.星一つ減点.