本書は重力理論、特にブラックホールと宇宙論の本流を歩んできた学者による一般向けの読み物だが、内容に妥協はない。1970年代以降のほぼすべてのエピソードと真実が盛り込まれている。原題は『Black Holes & Time Warps: Einstein’s Outrageous Legacy』。邦訳は「時空の歪み」となっているが、もとは「Time Warps(タイムマシン)」の話である。
歴史はアインシュタインから始まる。彼がブラックホール(当時はまだその名はなく、後にホイーラーが命名)を終生認めなかったのはよく知られているが、命名者ホイーラー自身も当初は懐疑的であったのはおもしろい。ホイーラーに対峙していたのはオッペンハイマーで、彼らはいずれも大戦当時、原爆・水爆開発を主導した物理学者である。戦後、2人は大挙して重力理論と星の研究にやってきて、今にいたる刮目(かつもく)すべき宇宙論の展開を生んだ。
本書は、教科書『Gravitation』を「陽」とすれば、「陰」の位置にある。ソーンが個人的に知り得た歴史が綿々と織りなされている。ランダウ、ゼリドヴィッチ、サイアマのほか、おなじみペンローズやホーキングなども登場し、重力理論の英雄列伝でもある(もっとも日本人は2名しか出てこない。両佐藤巨匠はどうしたのか)。部分的には『Gravitation』より詳しく、過激な内容、未解決の問題にも踏み込んでいる。物理を学ぶ者は両者を併せ読むとおもしろいだろう。ブラックホールの蒸発、タイムワープなど高度な内容を第一人者がわかりやすく解説しているのはありがたい。(澤田哲生)