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物語 イランの歴史―誇り高きペルシアの系譜 (中公新書)

価格: ¥819
カテゴリ: 新書
ブランド: 中央公論新社
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今、世界平和のカギを握るイランを知るための入門書 ★★★★★
 9月24日、ニューヨークでの国連安保理首脳会合において「核兵器のない世界」を目指す決議が全会一致で採択された。これにより北朝鮮とならび、イランはその核開発により国際的な包囲が強化されていく。また、6月のイラン大統領選挙における保守派と改革派の混乱や、アフマデネジャードの演説も諸外国にマイナスのイメージを強く与えている。イランは、パレスチナ問題とも絡み、世界の平和のカギを握る重要な国といえる。中東の国々やイスラム世界についてほとんど知識のない人が、このようなイランについて知ろうとしたときに、手軽に手に入り、易しく理解できるのが本書である。著者は、1979年のイラン革命直後から現在まで頻繁にイランを訪れているようで、その視線は、イラン人に近い高さにあり、イランに対する温かさが感じられ、庶民の生活の様子やイラン人の気質が伝わってくる。よって、中東の初心者でも苦労することなく読むことができて、イランを色眼鏡を使わずに見ることができるようになる。後半の近現代のイランについて読むと、どのようにして現在のイランに至ったのかがよくわかる。「日章丸事件」の項は、小気味よく描かれている。当時の日本人の決断に元気をもらえるし、イランと日本との浅くない関係を知ることができる。ともかく、イランの良いところも、悪いところも理解することが大切な今、改めて本書は適当な一冊といえる。
古本屋の100円均一でも買わないでください。 ★☆☆☆☆
 物語、と題しているが物語ではない。物語ではないどころではなく、体系的な書物の形をなしていない。まず序文、かなりのページ数をイランの文化・風俗・風習の紹介に費やしている。これが悪いといっているのではなく、なぜ序文でこういったことをだらだらと書かなくてはいけないのか、理解に苦しむ。思い出したことを思い出した順に羅列しただけとしか思えない。このことは1章、2章、3章あたりまでの記述にも当てはまる。まるで世界史の教科書をそのままコピーしただけのような無味乾燥した記述。小見出し同士の関連は言うに及ばず、いま読んでいる文章と、10ページ後の文章のつながりが分からない、という状態にしばしば陥った。

 なぜこのような本が出版されたか、疑問に思い、ふとあとがきに眼をやった。著者自身述べているように、「2001年アメリカ同時多発テロ以降、仕事が増えて忙しい合間に書いた」、云々。なるほど、テロ以降、人々の関心がイスラム、中東に向けられていくなかで、とりあえずすぐ書けるもの、とりあえず売れるもの、を主眼において出版されたものと、著者自身告白していると言える。

 この本の読みづらさが、自分の知識不足に起因しているのか否か、わからない。同出版社の『物語 中東の歴史』、『シーア派』や、イスラム、中東の歴史関連の新書レベルはかなり読んではいるが、この本は自分にとって、ある意味ショックであった。それは、自分のなかで良心的な出版社と考えていたところが、このような営利最優先、いたずらに時流に乗った、ある意味書名において読者を欺く行為をする、ような出版社だということが分かったからである。
イラン史を書ける人材の不足なのでは ★★☆☆☆
 中公新書の物語シリーズは、各国によってまとめ方が非常に異なる点に留意する必要があります。古代から近代までバランスよくまとまっているものもあれば(北欧史など)、古代中心(韓国史など)のものもあります。古代から近代までを扱っていても、通史的なものもあれば、各時代を代表する人物を中心にまとめられているものもあり(スペイン史など)様々です。

 イランの歴史は、通常よく知られているところでは、古代アケメネス朝だけといってよく、それ以降は1979年のイスラム革命に飛んでしまうというところでしょう。両者に関する著作は、日本でも何種類も出ていることから、多くの読者は、「その間のイランの歴史はどのような展開を見せてきたのだろうか」という点に関心があるのではないでしょうか。残念ながら本書はそうした期待に答えるものでありません。せめてイラン近代史の始まるカージャル朝時代から詳細に扱って欲しかったところですが、第2次大戦後の現代史に焦点が絞られています。 他の時代については、概略以前、粗筋程度の内容です(「世界の歴史」全集から引用した方が遥かに詳しい)。イラン社会を解説している章も、イランがあまり日本に知られていないことを思えば、よい企画かとも思えますが、全体的に現代史が半分を占める構成では、前後の歴史と社会の章は、中途半端なつけたしにしか見えません。

 この背景としては、著者が「イラン」の専門家というよりも寧ろ「現代イスラム政治史」の専門家であることが上げられるでしょう。革命以後、日本とイランの繋がりが縮小し、世間の関心も低下し、予算もつかないため、「イラン史」を書ける研究者が育たないということの反映に思えます。本書も「現代イラン史」とした方がよかったのでは、と思います。
イーラーンの歴史ではありますが... ★★★★☆
 たしかに「イーラーンの歴史」を扱った新書ではありますが、タイトルにあるような『物語・イランの歴史』といった内容を期待された方は失望されるかも知れません。本書は決してイーラーン民族の歴史を物語風に興味深く記述した本ではないからです。例えば、古代アカイメネース朝ペルシアから一躍サーサーン朝ペルシアに話が飛び移り、かつて広大な版図を誇ったイーラーン系の王国パルティアーに関しては殆ど何も触れずに済ませてしまう等といった点は、どうしても疑問と言わざるを得ないからです。

ただし、近代以降のイーラーン史、とりわけ西欧帝国主義勢力による世界侵略の時代からホメイニー革命以降現在に至る迄の近現代史に関しては、比較的詳細に語られているので、色々と参考になることがあります。先ずは買っても御損の無い一冊だとは思いますが、上記の偏向があるという事だけは知ってからになさって下さいね。