既刊の名著を踏襲した無難な内容
★★☆☆☆
目新しい内容に期待して読んでみたが、前半はほとんど既刊の名著に則した内容で、佐藤進一先生の「南北朝の動乱」を筆頭に、藤本正行、瀬野精一郎氏らの著書に掲げられた見解を取り上げてその論理性を再確認するという感じだった。
そこから派生させて徐々にこの二人をよりディープに追求してもらえるかと読み進めたものの…文章自体にあまり色気(笑)もなく、無駄や重複も多いしで、肝心カナメの兄弟それぞれの人物像にもハッとするようなツッコミはなく、一般的にどこでも語られてきた形容をなぞっただけで、正直面白みはなかった。
ただ、後半から湧いて出てきた「鎌倉府」の三文字にだけは目が輝いた(笑)
初代鎌倉公方・足利基氏以来の鎌倉府ではなく、足利直義が構想を練っていたであろう建武の親政後の鎌倉の体制。それが、観応の擾乱の決定戦となった薩タ(「土」辺に「垂」)山合戦以後、尊氏によって構築された東国の政治体制、著者名する「薩タ(「土」辺に「垂」)山体制」と並べて語られていたのは嬉しかった。
ここでは尊氏と直義の鎌倉経営がどうだったか、つまり公方と管領の体制が固定する以前から、二人が各々の意図を持って関わった鎌倉にスポットライトが当たっているところがいい。
とくに鎌倉経営首脳陣たちの関東在留期間を表にして併載してくれた点はかなり有難かった!
タイトルの兄弟の人物像の掘り下げについては後半でも、記録やら資料からポイントを抜粋して見解が述べられてはいるが…、これまた参考文献の各書の方がわかりやすいので、特筆すべき部分はなし。
たとえば直義の人物像に迫るべく、川瀬一馬校注・訳『夢中問答集』を参考に著者自身が意訳した事例も、「一般の人には判りにくい」と述べるなら意訳でわかりやすく、直義の人物像に突っ込んでくれればよいものを、その効果はほとんど感じられなかったし、尊氏毒殺説は否定派だったが、挙げた根拠の説得力は弱かった。
自分的にもっともインパクトのあった「京の夢 鎌倉の夢」というタイトルに触れた内容については、エピローグのタイトルにもなっていたので、京と鎌倉に抱いた尊氏の夢、直義の夢をここで総まとめにして語るのかと思いきや、面食らうほどあっさりしすぎてて、夢破れた直義の失望などは伝わってこなかった。
天下国家を動かそうと躍進して、結果相争った兄弟を語るのにはややドライすぎる感が。
というわけで、本著に記載されている参考文献の半分くらいを、すでに読んでいる南北朝ファンにとっての新たな収穫は、先述の表ひとつくらい。
それらを読んでないビギナー向けという感じだが…それにしては構成とか、読みづらいし…。文章はイマイチだし…。
第一、尊氏直義兄弟ファンには残念な内容という気もするので、一部の熱狂的な鎌倉府ファン(笑)になら、おすすめできるかもしれない。
今明かされる、観応の擾乱の真実
★★★★★
足利政権草創期において主従制的支配権を掌握する尊氏と、統治権的支配権を司る直義。
この二頭政治の軋みが、直義と幕府執事高師直の対立、
師直の武装蜂起と直義の出家を経て尊氏・直義兄弟の直接対決に至る。
勝利を収めた直義は、師直らの出家を条件に尊氏と和睦するが、
これを無視した上杉能憲が師直らを族滅に追い込む。
この際の尊氏の胸中を、
「自分に忠誠を尽くした高一族を守れなかったことに痛恨の思いを抱き」
「高を滅ぼした上杉は許せない」
と忖度する著者の視線は誠に核心を突いている。
兄弟相剋の第二幕が始まるのは不可避であったが、その実態を薬師寺公義ら高残党と上杉の戦いと喝破したのは当該期の知性の体現者、洞院公賢である。
何れにせよ尊氏・直義兄弟の命のやり取りではない。
「養子の基氏と上杉憲顕らとともに鎌倉府を固め、兄尊氏との和平を実現し、
京都(尊氏−義詮)、鎌倉(直義−基氏)の兄弟国家を実現する」
というヴィジョンを持つ直義に対し、尊氏が目指すのは上杉の排除であり、
その一点を賭けた決戦を制した尊氏に、最早血を分け苦楽を共にした弟の命を奪う理由など何もない。
良質の史料には記述されない「直義毒殺」が、因果応報の観点からの『太平記』の捏造であることを鋭く暴き立てる著者の慧眼を称えたい。
東国の主の座は基氏の子孫に継承された。
尊氏・直義共通の構想であったであろう「直義による基氏の後見」は見果てぬ夢に終わったにせよ、
そしてその後の東西関係が波乱の連続であったにせよ、
「京の夢、鎌倉の夢」はともかくもその像を結んだと言って大過あるまい。