天にも届くようなシャコンヌの高揚感が快感に
★★★★★
バッハをはじめ、ドイツもの全般が苦手だった。そんな自分にバッハの魅力を教えてくれた忘れられない一枚。
演奏者のエレーヌ・グリモーは仏のピアニスト。10代前半で名門パリ音楽院に入学し、フランス人でありながらバッハ・ブラームス
等のドイツもの、ラフマニノフ等のロシアものの演奏を得意とする。現在は演奏活動の傍らニューヨーク郊外にて、幼少期から親
しんできた狼の保護活動も行うユニークな感性を持つ人。
昔ピアニスト達の特集ムックにて女優かと見紛う美しい容姿の女流ピアニストの写真を目にし、グリモーの名前だけは覚えていた
が、当時は彼女の演奏を聴きもせず変な偏見を持ち遠ざけていた。それから20年後ひょんなことで、本盤に出会った。何故自分
が苦手なバッハの作品で統一された本盤に惹かれたかは分からないが、1曲目の平均律ハ短調のプレリュードを数小節試聴した
瞬間、何か強い引力のようなものを感じ購入した。
まず、本盤のプログラムの組み方が大変ユニークだ。平均律の間にピアノ協奏曲やシャコンヌピアノ版といった大曲を挟む構成。
しかし実際聴いてみると各曲が実に自然に繋がっており、全く違和感を感じさせない。それどころか普段平均律のみで固められた
CDが多い中、本盤は良い意味でメリハリがあり自分のようなバッハ初心者にも聴きやすい構成になっている。
もう他のレビュアの方も絶賛されているので繰り返しになるが、やはり目玉はヴァイオリン曲「シャコンヌ」のブゾーニピアノ編曲版。
特に終盤の天にも届き、突き抜けるような圧倒的なスケールと荘厳さを纏った演奏には、快感さえ覚えた。変なルバートで誇張さ
れた表現になることなく、極めて素直な演奏だが、そこには彼女にしか出せない音のオーラのようなものを確かに感じる。
彼女に対する認識が改まっただけでなく、ドイツ音楽全般についてさらに追求するきっかけになった、自分には宝物の一枚である。
バッハにハマッタ
★★★★★
選曲が絶妙。大曲の間に平均律をはさむ。コンチェルトの後、頭の回路を調整してくれるかのよう。で、シャコンヌへ。こんなに力強いシャコンヌはお目にかかったことはありません。たっぷりと、芯が強い音楽です。
シャコンヌは何度も聞きたい演奏
★★★★★
食事中にFMで流れたシャコンヌに思わず耳をそばだててしまいました。普段はニュースが終わるとラジオを止めるのですが、演奏者が誰か知りたくて最後まで聞いてしまったのです。
ピアノでこれほど清らかなシャコンヌを聞いたことがありません。技巧を誇示せず、無駄な脚色も無いのですが明確な力強い音色が演奏者の力量を表していました。この1曲だけでも充分に価値あるアルバムと思います。
バッハの森を逍遥するかのような1時間
★★★★★
冒頭の「平均律第1巻第2番前奏曲」にはぞくぞくする。これから始まる大バッハの劇中劇への見事な序曲であり名乗り口上となっている。
ハ短調から嬰ハ短調と緩やかな起伏を経て、ピアノ協奏曲の清冽な湖畔に立つ。ここではストリングスとの際立って美しいバランスが見事だ。鋼鉄フレームの機械であるピアノの機能を静かに穏やかに抑えて、やりすぎず、はしゃがず、きどらず、しかし、音色やリズムの起伏と音楽の悦びとを立体的にとらえている。
そこから再び、「平均律」のニ短調の小径をたどり、一気にこのCDの中心をなすシャコンヌへと進む。
ここでグリモーは、まさにブゾーニが目指した現代ピアノによる大伽藍を構築する。バッハという伝説の湖底から突如として「沈める寺」のような巨大な幻覚が立ち現れたような高ぶりを覚える。
幻覚にほてった感情をさますようなイ短調を経て、やがて長調へと転換し、最後は無伴奏パルティータからのピアノ編曲で終わる。たどってきたバッハの山道を振り返るようでもあり、現実と日常へふともどされたような安堵感のなかにもバッハの旋律が心地よく響くようでもある。
グリモーの構成的なアルバムづくりの完成と成熟を感じさせる傑出したCDだと思う。
「シャコンヌ」のピアノ版は唯一聴ける演奏
★★★★☆
輸入盤にて購入。「デラックス・リミテッド・エディション」との由である。
グリモーはグラモフォンに移籍以降、そのしたたかな戦略において「流石やな」と思わせる以外、つまり演奏においては少しも評価できないと思った。
しかし、本ディスクではグリモーを褒めたい。
何よりも「シャコンヌ」だ。ピアノ版シャコンヌは、過去幾つか聞いてきたが、今回初めて満足した。ウゴルスキの異常スローテンポの演奏も聴けないこともないが、退屈だった。
グリモーはおそらく唯一無二の聴ける演奏だ。
「前奏曲とフーガ」の第4番もよい。響きの厳しさは、稀に聴くものであり、こういう演奏ならば「グリモーはアイドル路線」という評価を撤回しなければなるまい。
ニ短調のコンチェルトもシェリングのヴァイオリンによるコンチェルトと比べるわけにはいかないにしても、バッハの凛とした気高さと構成力の確かさを持った佳演だ。
他方、ラフマニノフの編曲による前奏曲など長調の曲は、今ひとつだ。作品自体は同じではないが、ホルショフスキの域には到底及ばない。そんなことを言ってみても、仕方がないが。