怖れいった。その晦渋さ、インテリジェンスも、その理由が読者に納得させるだけのものが、作品の中にちゃんと描かれてある。そして作品自体面白かった。自分の文学観が、少々変更されるぐらいの、ちょっとした衝撃があった。
東京の神田に住むある中年の男が、不意に金沢に移り住む。永住するのではなし、気ままに赴き、一軒の家を借り、様々な人を訪ね歩く。とにかくこの内山と呼ばれる主人公は、アイデンティティの一切を最初から喪失している。そして「時間がたたせるのではなくてたつものであること」において、その〝金沢〟という停止した時空で、ヨーロッパ/東洋という対立の軸を根本とした、あらゆる事態の融合を、茫漠と広がった目の前に風景に観る。
七〇年代日本の、傑作中の傑作の小説。