NHKもたまにはよい番組をつくる
★★★★★
2.26事件は、北一輝の影響を受けた青年将校の独断専行ということで彼らを死刑にすることで決着したが、真崎甚三郎ら皇道派最高幹部の関与が強く疑われたことは巷間言われてきた。この放送は昭和54年だったそうだが、その頃はまだ事件に関わった人がまだ多く存命していて、よく取材されていることが読んでいてわかる。
盗聴の結果、北はせいぜい叛乱幇助程度の罪でしかなかったが、真相隠蔽と保身に走る陸軍首脳は北を主犯に位置づけ死刑にしてしまった。今にも通ずる官僚組織の病理をみる。
録音盤は、ある参謀が個人的興味で自宅に持ち帰ったものを戦後NHKが買い取ったもので、軍法会議資料も匂坂主席検事が自宅に保管していたものを著者が探り当てたものという。してみると未だ明るみに出ていない機密資料がどこかの旧軍人宅に眠っているのかもしれない。
近年指摘される陸軍内部へのコミンテルンの浸透と、2.26事件との関連も疑われるところだが、事件の核心部分はおそらく終戦直前の大規模な機密資料焼却で失われたと思われるので、こういった個人的退蔵物が頼みの綱だろう。
秘話
★★★★★
何年か前に、NHKアーカイブで放映されたドキュメンタリーで、2・26事件の当事者たちの通話記録が傍受(盗聴)されていることを知って驚いたが、この「盗聴二・二六事件」そのNHKドキュメンタリーのプロデューサーが追加取材で知りえた情報を追加してあるので、読み応えがあります。
当時の軍人の本分が戦場で武功をあげることにあり、諜報であげるということが恥ずべきことであり、その負い目を感じて余生を過ごした元軍人や、叛乱の同調者という役割の人物だったのに、首謀者として祭り上げられた感のある北一輝など、人間ドラマとしてみると(真実かどうか?判断するのには、私が二・二六事件の知識に乏しいため、このような読み方しかできません)、心にぐっと心に来るものがあります。
私が特にぐっときたのは、叛乱軍の下士官を説得する将校と、説得を受けた下士官との後日談です。私の世代では旧軍はすべて悪いと感じられますが、後日談を読むと、下士官と将校との関係の良さに意外性と共に涙が出てきます。
秘話が満載の労作
★★★★★
NHKのドキュメンタリー制作者だったジャーナリストによる
二・二六事件の秘録発掘ノンフィクション。
事件を裁いた軍法会議の主席検察官、匂坂春平が残した
資料をはじめ膨大な記録を読み込み、さらに多くの関係者から貴重な
証言を引き出して事件の暗部に迫った大変な労作である。
この手のノンフィクションにありがちなのは、取材成果を
ことさらに大きく煽情的に誇示するものなのだが、
冷静に事件の知られざる一面に光を当てていくその筆致に好感を持った。
北一輝の偽電話、ゾルゲの見た二・二六など本書の読みどころは
いくつもあるのだが、読み終えて改めて感じたのは
形こそ様々であれ、事件に関わった人の人生に、
いかに事件がいかに深く刻まれているかということだった。
仕事とはいえ、盗聴に手を染めたことで軍人としての名誉を
汚してしまったと語る元大尉、人目を憚るように戦後を暮らした
西田税夫人など、昭和の分岐点となった事件の背後に、
無数の人の痛切な思いがあることを教えてくれる。
NHKで放映されたドキュメンタリーが下敷きにあることを
差し引いても傑作であることは間違いない。
今後も多くの人に読み継がれる一冊だと思う。
時が経って、始めて明らかになる事実が確かにある
★★★☆☆
二・二六事件をきっかけに、軍部は国内政治介入への意欲をむき出しにし、右傾化に大きく舵を切ったとされています。本書ではこの二・二六事件さえも、軍部の影響力増大を目論み謀略を巡らしていたことを明らかにしています。昭和事件史を見ていると戦争という特殊な環境の前後ということが原因なのでしょうか、軍部を核としてさまざまな謀略が渦巻き、事実が解明されないまま「歴史」となり、その表層が現代史の教科書に記載されていくのでしょう。それはやっぱり記載内容に関して揉めますよね。
印象に残ったのは事件に対する昭和天皇の事件の鎮定に対する断固たる決意です。私にとって昭和天皇とは日本の象徴であり、公務にまつわるお言葉しか触れていませんでした。太平洋戦争についても軍部の暴走に流されるまま戦争に突入したと理解していたので、昭和天皇が「神」であったときと「人」になった後のギャップを強く感じました。
気のせいでしょうか、戦後62年を数え公文書の開示や、今まで沈黙を守っていた当事者やその親族が余命を鑑みて重い口を開くというケースが多いように感じます。しかし著者の取材を見ていると、真実を追い求めるには人一人の人生をかけるくらいの根性がなければ明らかにならないものなのかと、過去の事件の真実を解明することの困難さ痛感しました。その意味で著者の執念に敬意を表します。
疑問が残る
★★★☆☆
今は亡き貴重な2・26関係者の肉声を記録した点で貴重な本である。
しかし、どうしても疑問は残る。
福本特高課長の憲兵調書を「卑劣なでっちあげ」(160p)だというが、
電話が北一輝ではなく北を装う者の仕業なら、
なぜ福本があえて「○があるか」と北に尋問するのだろうか。
福本憲兵調書の日付を否定し、匂坂資料の記述を信用する根拠も今ひとつ説得力に乏しい。
そもそも、北一輝がそんな「軽々しい言葉使い」をするはずがないとか、
「カリスマとしての威厳や品格といったものがない」といった
印象論的な推測が著者の底流にあるようで、
すべてがそちらに引きずられているのではないかという気がしてならない。
また他の方も指摘されているが、橋本虎之助書簡の改竄にしても、
ここは「師団司令部限りニ一時保留」と読むほうが自然ではないか。
改竄なら、あんな杜撰な(誰でもおかしいと思う)やり方ではなく、
もっと巧妙にやるだろう。
読み物としてはなかなかスリルはあるのだが、
著者の思いこみが先走りしているのでは?
と思える箇所が多々あるように感じられたのが残念だった。