今年度翻訳ミステリ、SFのベストワンに挙げたい。しかし、それ以上に深い話だと思う
★★★★★
歴史改変SF+ミステリ。第二次世界大戦の際に、ナチスドイツと講和をし、その後ファシズム国家へと進んだ英国を舞台にした、「ファージング」三部作の完結編。
第一作、第二作も凄かったが、この第三作はシリーズの掉尾を飾るにふさわしい出来。歴史改変小説をSFというジャンルに含めてよければ、このシリーズは、今年度翻訳されたミステリ、SFの両部門でベストワンといって良いと思う。
シリーズの主人公、カーマイクルが英国のゲシュタポ、監視隊(ザ・ウォッチ)の隊長となっているが、彼はその地位を利用し、無実のユダヤ人たちを国外に逃亡させる非合法組織を束ねていた。前作、前々炸で、権力の強烈な圧力に屈し、意に染まないことをさせられてきたカーマイクルの圧制への抵抗である。
今回の物語は、そのカーマイケル自身の私生活にも暗雲が立ち込める。元部下の娘を養女にし、養育したが、その彼女が事件に巻きまれ、それをキッカケにカーマイケルにも追及の手が及んでくる。前二作同様、その過程がカーマイケルと養女の視点で交互に描かれているが、二人が窮地に追い込まれていくところは、非常にスリリングだ。
ただ、このシリーズの良さは、そのようなストーリーだけにあるのではない。あとがきにもあるように、この小説には、現代政治への怒りが感じられる。歴史改変という形式に仮託して、圧政に対する抵抗、自由への希望を描いた物語の底流にある著者の思いの強さが伝わってくる。