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バイバイ、エンジェル (創元推理文庫)

価格: ¥840
カテゴリ: 文庫
ブランド: 東京創元社
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曇天下静かなる暴走 ★★★★☆
厳冬のパリ、ラルース家を巡る連続殺人事件に、現象学を駆使する矢吹駆(ヤブキカケル)とルネ・モガール警視の娘ナディアが立ち向かう。
本書の面白さを端的に紹介する上での要点を三つ挙げてみようか。

まず第一点は、情感の豊かさ。語り手ナディアの少女でもなく大人の女性にも成りきれていない瑞々しくもほろ苦い心情描写と、事件が渦巻く
舞台冬空パリの寂寥感抱かせる風景描写の両方があまりに抜群で巧い。一種それが絡み合って行間から滲み出る様なモノを感じさえする。

二点目は、本格推理小説としての十分な顔。アパルトマンで見つかる血の池に転がる首なし死体。従来ある首切断の概念を覆してしまう驚きの
真意や、ホテルでの爆破事件で魅せる二重の意味で堅牢な不在証明が演出する《不可能》などを、読者にしっかり材料を提示した上で《可能》
にしてしまうので、緻密に謎解きに挑戦したい本格ファンも納得の出来。

最後に一番重要なファクターとして存在する、読み手の脳を汗だくにするように横溢する思想。無愛想でいつも憂鬱な微笑を浮かべる東洋人の
青年が語る現象学。小難しい理屈を並べるのでなく絶望的に解り易い例えが沢山あるのが良い。そして革命とは何か?とゆう犯人との思想対決
での息詰まる緊張感も見事。

ただ、もっと端的に素晴らしさを語るなら導入部の妙。現象学の本質直観を論じる序章の件。駆は言う、名探偵は推論の組み立てによって犯人像
を限定する訳ではない。ナディアは問う、では論理的整合性なしに指摘する事が可能なのは何故か。問いの答え「初めから知っていたのさ」...
......最高。。
憑きものの考察 ★★★★☆
 矢吹駆(やぶきかける)という青年主人公が素晴らしい。一見、少年漫画に出てくるニヒルでハンサムなハードボイルドの探偵を髣髴とさせる。それが、読み進むにつれ、そのイメージが修行中の行者とも、哲学者ともとれるもののように変貌し、更には常軌を逸した審判者のごとき顔さえ見せる。マーラーの大地の歌の口笛を響かせながら、彼は、パリの街を歩む。
 ミステリーの側面からいえば、ナディアという魅力的な語り手によって導かれていく推理劇である。ミステリーとして間違いなく、高い水準にある作品である。事件に対する哲学的考察のただなかに、悪魔が相貌を現す。
 カケルは、殺人という行為は、生物的な殺人と観念的な殺人に大別される、とする。前者は、自己保存本能に駆られて犯す、巷にありふれた殺人である。観念的な殺人について、観念を悪魔に譬えて、カケルは次のように言う。

 これに憑かれて行われる殺人は、人間を生きた道具に使って、なにか人間以外のものが犯す殺人です。つまり、犯人は、彼ではない。彼に憑き、彼を操っているものこそ真の犯人なのです

 この本の全体が、観念の殺人の解明を目指して書かれたものだとも言える。執筆当時の作者の念頭に置かれたのは、政治的な党派性であった。だが、現在、観念という言葉によって多くの人の脳裡に浮かぶのは、世界の様々な原理主義、あるいは、カルト的な宗教だろう。また、ウルトラ化したエコロジー運動もその一つに違いない。
 この本は、当時の作者の思惑を越えて、現在の観念の考察にも大きな示唆を与えてくれる。観念の持つ自己運動性について、些かなりとも懸念を覚えている人にとっては一読の価値がある。
ナディアとカケルの因縁 ★★★★★
大衆への強い嫌悪から革命家をこころざす者。
そして、現象学的に誰よりも大衆であろうとする矢吹駆。
双子のような存在の両者は、出会い、すれちがい、やがて永遠の別れを迎える運命です。

一方、裏でそのような物語が展開されているとも知らず、表の主人公と言うべきナディア・モガールは、無邪気な探偵ごっこに熱を上げたり、新しい恋人に夢中になったり、スキー行ったりパーティー行ったりと、青春を満喫していました。
しかし物語の裏と表が合流するとき、彼女もまた、少女ではいられなくなるのです。

なにより残酷なのは、矢吹駆を事件にかかわらせることで、ある意味最悪の結末を導いてしまったのが、ほかならぬナディア自身であるという事でしょう。彼女は、自分の目に映るだけの世界に、満足できなかったのです。
苦い話だと思う。

女の子探偵がこっぴどくしてやられるという構図は、アンチ赤川次郎のようにも思えました。
この世界では天使だからこそ地獄に堕ちることになる ★★★★★
〈首無し屍体〉=犯人と被害者の入れ替わり、という推理に対し、
探偵小説風の臆断と一蹴する探偵役の矢吹駆。

ミステリのガジェットに対する「意味沈殿」を指弾されるのは、
マゾヒスティックな快感があります。


そして、本作のクライマックスである駆と犯人との思想対決の場面。

自己内対話の具象化ともいえるこのシーンでは、正義や理想といった
理念が、いかに倒錯していくかの過程が自己解体されていきます。


〈この世界では天使だからこそ地獄に堕ちることになる〉


駆が最後に残すこの言葉は、失われていく彼の「半身」に向けた弔辞なのです。
連合赤軍の謎は解けましたか ? ★★☆☆☆
作者のデビュー作。作者は連合赤軍のメンバの心理が知りたくて、その一環として本作を書いた由。作者は小説の他、ミステリ評論を書くのが好きらしく、かつそれを貶されると黙っていられなくなって、熱くなって反論するという子供っぽいタイプ。そうした作者の気質が本作にも良く出ている。

舞台はパリなのだが、当時パリで特に学生運動が盛んだったという記憶はないから、設定が不自然である。カッコつけと言われても仕方がない。もっとも、学生運動自身は事件に関係するのだが。そして、作者が本作で披露して見せたのが「直観推理」である。これは探偵役、矢吹が持つ能力の事で「名探偵は事件の初めから真相が分かっている」事を意味するのだそうだ。笑わせてはいけない、ミス・マープルだって刑事コロンボだって最初から犯人が分かっていて、役を演じているんだ。それと首切り殺人事件が話のメインなのだが、トリックに新鮮味が無く全く詰まらなかった。

犯人のグループの未熟さにも呆れたが、作者の未熟さ加減も相当なもので、その後作者家業を続けて行けたのは僥倖であろう。それにしても、本作を書くことで連合赤軍の謎に少しでも迫れたのであろうか ?