『彗星の住人』『美しい魂』に続く、「無限カノン」3部作の完結編となる本作は、日本を脱出した主人公野田カヲルが降り立った聖なる島エトロフでの、死と再生のプロセスを描く。
不二子との禁忌の恋の代償として、国を追われるようにして「私」(カヲル)がたどり着いたのが、極寒のエトロフ島であった。日本とは比べものにならないぐらいの貧しい生活環境の中で、寒さと寂しさとメランコリーに打ちひしがれる「私」であったが、ロシア語を学び、アイヌから狩の技術を受け継いだ80過ぎのエルム爺さんに自給自足の知恵を授かり、さらには人里離れた山小屋に住むマリア一家と親しくなるにつれ、島での生活に慣れ始める。上陸当初は日本から送り込まれたスパイと疑われる主人公であったが、徐々に村人たちに受けいれられていく。
死者の魂が還(かえ)ってくる森の近くに住むマリアは、死者の声を聞いたり運命の流れを読むことができる霊能力者であった。マリアの娘で大学時代に日本語を学んだニーナは、母譲りの霊力がもたらす不吉な運命から逃れるべくシャーマンの能力を捨てる。そんなニーナに「私」は次第に魅かれていく。いっぽう、息子のコースチャは、シャーマンの末裔として母親の後を継ぐ決意をする。
美しい歌声と男性機能を失い、逆賊として日本を追われた「私」が、死者がざわめく黄泉の国エトロフ島でシャーマンと出会い、火山の麓の暗い森での神秘体験を通して、生と死、現実と夢のはざまを流れる穏やかなもうひとつの時間の中で、死者や不二子と再会する。不滅の恋を信じ、不二子との約束を守り通した主人公に、結末で新しい予言がもたらされる。そこには、彼の娘へと引き継がれる新しい物語へのリンクがある。ピンカートンと蝶々夫人に始まる一族の劇的な物語を締めくくるにふさわしい静謐さと、しずかな始動感を併せもった印象的な結末だ。
皇室のモデル小説と読まれがちな「無限カノン」3部作であるが、国家‐歴史‐恋愛の連関性をこれほどまでに表象化した作品は他に類を見ない。まちがいなく島田雅彦の代表作である。(榎本正樹)
究極の愛
★★★★☆
無限カノン三部作(1.彗星の住人、2.美しい魂、3.エトロフの恋)の最終章。
前2作品とは完全に異なる文体・手法を用い、そして魂について深く掘り下げている。
前2作品で叶わなかった恋が思いがけないカタチで実ったのである。
人間はこんなにも深く人を愛することができるのだと涙しました。
決して結ばれるはずのない運命も、このようなカタチで愛が成就できるとは・・・。
絶句することしかり、です。
自分の魂を磨けばコトの本質が見えてくるのだと感じました。
「カノン1.彗星の住人」の始まりが急展開なので、
大団円となる本作から読み始めるのもグッドだと思います。
とことん「恋愛」について描かれた長編三部作。
「恋愛」という誰もが一番共感しやすいところからするっと入り込まれ、
最後にはそれ以上のなにか大切なモノを得られた気がします。
ついに文庫になりました
★★★★★
(『美しい魂』のレビューの続き)
第一部・二部の文緒の曽祖父にあたるJBは、一生を長い旅に費やした。彼の旅は、このようなものだった。
<一八九四年に始まったJBの旅は君の想像を絶するほどに長く、ばかげていた。何しろ、国境は今より遥か彼方にあって、"あいだ"は無限に近い広がりを持っていた。JBはその"あいだ"をほぼ六十年間さまよい続けていた。さぞかしさまよいがいがあっただろう。太平洋を渡るのに一ヶ月かかっていた時代、地球は今よりざっと百倍の広さだった。>
ここでは、"あいだ" は太平洋の意味で使われているが、恋人たちを隔てる距離の比喩としても読める。JBにとって、太平洋のあいだが「無限に近い広がりを持っていた」ように、JBの息子たちは、無限に近い広がりを、自分と禁じられた恋人とのあいだに感じることになる。しかし、あいだの広がりが大きければ大きいほど、そこは「さまよいがい」があり、それを乗り越えようとする試みは、「危険で、甘美で」ある。
さらに、もっと言えば、"あいだ"は自分と自分でないもの全ての"あいだ"とも読める。世界は、自分と自分でないものの"あいだ"で出来ている。"あいだ"を乗り越えようとする試みは、すなわり、世界で生きていくことに他ならない。そういえば、この第三部ではカヲルがロシアと日本のあいだを乗り越えようとする。島田雅彦はこの三部作で恋を描こうとしたが、何かもっと大きなものが描かれているように感じるとしたら、そういうことなのではないかと思う。
それでも生きている
★★★★☆
著者は1961年生まれ、ぼくと同じだ。無限カノン3部作の完結篇。図書館で借りて読んだので、3冊読むのに時間はかかった。それでもすべて読んだということは、この3部作に著者の力の入れようを感じたからだと思う。
同じ年代を生きて来たぼくにとって、それだけで興味があったということもある。
主人公カヲルは、その受け継いだ血から恋に左右されながら、様々な境遇を受け入れ、エトロフの地にいても恋に生きている。どん底に等しい状況にありながら、様々な人の助けを借りながら生きている。
人は一人では生きて行けない。それでも仲間の力を借りれば生きることができると感じると同時に、ぼくも恋に左右されながら生きて来たと、そしてこれからも左右されるのだろうか(大した恋じゃないだろうけれど)と感じている。
3部作どこから読んでもおもしろい。
眠れぬ夜にも慣れて
★★★★☆
前二作と比べてこの本は薄い!これが最初の印象である。
それはともかく、これほどの長編作(しかも恋愛)は近年の日本文学には見当たらないだろう。
「複製技術の誕生で恋愛は終わった」、その中で恋愛を書くという行為に島田氏は成功したように思える。
この物語が持つドライブ感はかなりのものだ。この『エトロフの恋』でもそれは続いている。前二作を読んだ方は、この作品も読まずにはいられないだろう。それほど読者を引き込む強度を持った小説に仕上がっている。
あり得たもう一つの人生、もう一つの結末
★★★★☆
「無限カノン」三部作の完結編はエトロフが舞台。天皇制の磁場から逃れた場所で、カヲルは不二子への恋に思いを馳せる……という設定も、エトロフのリアルな描写もいいけど、正直言って、「これで終わってしまうの?」という読者としての未練は残った。ただ、あり得たもう一つの人生を夢に思い描いたり、心の小部屋に過去の恋人を召喚したり、という感覚は、私の年代には割と生々しいよね。この年になっても恋は妄想の中に育つのよ、確かに。一方でこの小説の、あり得たもう一つの「源氏物語」のような結末についても考えてみたけど、……難しいかな。やっぱり小説は何を書いてもいい、という世の中にはまだなってないみたい。