古きよき時代の物語
★★★★★
英国の上流階級が、翳りを見せつつもとことん優雅であった時代の青年たちの物語。もちろんバカやりたい放題、おいおいと突っ込みたくなるところ満載だが、でも根本のところが現代とは明らかに違う、そんな部分が丁寧に描かれていて、時々ぱらぱらと読み返す。恋愛も仕事も金銭問題も親子関係も、どうせならこんな優雅な雰囲気の中で悩みたいやね。「再訪」するのが兵士としてであるところも、単なる皮肉ではなく、一つの時代の終わり(うわっ、大嫌いなフレーズなんだけど)と重ね合わせてあるあたり、名著だと思う。
ああ、手にしたのは、もちろん佐藤亜紀さんのエッセイにたびたび出てくるからというミーハーな理由である。
まったく優雅さのかけらもない我々のテーブルの下の足の蹴り合いは、まだまだ続くのであろう。
ゲイ小説として読むと(本来の読み方ではないだろうけど)
★★★★☆
セバスチャンは、三島由紀夫と聖セバスチャンからの連想でも分かるとおり、カトリックの聖人だが、ホモエロチックなイメージを喚起する名前である。本書の中で、セバスチャンは暗示的にゲイとして描かれている。チャールズは、セバスチャンを愛しながらも、肉体的な関係には至らず、後年、彼の妹のジュリアを愛してしまう。しかし、その愛は、セバスチャンに容貌が良く似たジュリアを彼の身代わりに愛したのではないか、と疑わせる。結局チャールズの愛は成就されず、セバスチャンとジュリアは、ともにカトリックの信仰に生きることになる。彼らの愛情は、失われた英国の上流階級の生活、文化とともに、回想の中に、美しい思い出として生きることになるのだろうか。オクスフォード、ブライズヘッド(架空の地名だが)、ベニスのセピア色の風景とともに、「失われたもの」の美しさ、哀愁ばかりが残った。
一度は読んでもらいたい不朽の名作
★★★★★
イヴリン・ウォーはイギリスでは非常に人気の高い作家なのに、
日本では一部の英文学好きを除いてほとんど知られていない。
そのウォーの作品中、世界中で最も愛されているのが本作だといって良いだろう。
1924年、オックスフォード。真面目な大学生チャールズ・ライダーは
青年貴族のセバスチャン・フライトと知り合い、カトリック貴族であるフライト家の
優雅な魅力に惹かれながら、彼らとの交流を通じて成長していく。
画家として成功したものの、中年期を迎え、名声の虚しさを抱えるライダーを支えたのは、
セバスチャンと過ごしたブライヅヘッド邸での青春の思い出だった。
老侯爵マーチメーンと敬虔なカトリックである夫人との確執、
酒に溺れていくセバスチャンや政治家と結婚する妹のジュリア、
一家の信仰を受け継ぐ末娘のコーデリアらが織りなす人間模様を
第二次大戦に揺れるヨーロッパを舞台に描きながら、
ウォーは信仰と俗世に引き裂かれる人々の葛藤を通じて
現代社会のもたらす功利主義・物質主義を鋭く批判している。
その批判は古びるどころか、21世紀になって
ますます意味を増しているように感じるのは、私だけだろうか。
吉田健一氏の格調ある名訳は、原文の香気を失うことなく、
この傑作の気品を余すところなく伝えている。
若い人たちに一度は読んでもらいたい、不朽の名作。
英国で愛されるウォーの傑作
★★★★★
皮肉屋で有名なウォーだが、この作品は彼の真摯な心情に溢れている。
主人公であるライダーとフライト家の次男で魅力あふれるセバスチャンの出会い、オックスフォードでの青春を描いたあたりは甘美であり、セバスチャンの家族との交流を通じてライダーがカソリックの信仰に接し、とまどいながらも成長していく過程が丁寧につづられる。芸術家としての世俗的な成功を得ても空しさを抱くライダーを支えたのは、フライト家の屋敷ブライヅヘッドで過ごした青春の思い出だった。
青春、友情、家族の絆、世俗と宗教、現代文明などについて、決して押し付けがましくなくさまざまなことを伝えてくれる珠玉のような作品。何回読み返しても新たな感動を覚えます。蛇足ながら、グラナダ・テレビで放映されたミニシリーズも、これ以上は望めないほどのできばえでした。
愛は青春を求めてさまよう
★★★★★
なんと美しい文章、なんと幻想的で満ちた青春時代の思い出。
ウォーはとてもすばらしい文章家だ。この本はいささか感傷的だが、でもそれがこの本に魅力を与えている。過ぎ去った学生時代、過去のものとなった友情。その過去と現在を分断するのは戦争で、語り手である現在の主人公はある朝に過去のすべてを追想する。そして友情や芸術への情熱や、愛などを思いだし、またそれらすべてがもはや過去のものとなっていることに気づくのだが、主人公はしかしその思い出に元気づけられる。幸せだったときの思い出というのは、つねに人を支えるものなのだ。ウォーはおそらくかなりの部分自分に似た主人公のその幸せな記憶を、こうして小説のなかに閉じこめた。そして今やそれは私たちの幸せとなったのだ。