三遊亭圓朝は口演のできる小説家
★★★★★
三遊亭圓朝は 謂わば、「口演のできる小説家」であった。
漱石や鴎外や芥川の尊敬され、とてつもなく面白い物語をつくった。
ある意味山田美妙より先に言文一致を成し遂げた。
推理小説の趣もあるのでネタをわることはできないが、
圓朝作の未発表速記現行が見つかりドラマは動き出す。
辻原ワールドは今回も虚実の皮膜を右に左に
おぼろげに字山に動きまわる。
重なるイメージの美しさ
★★★★★
今となっては、芸人が小説を書き、本を出版する、というのは珍しくない現象だ。三遊亭円朝は、その鼻祖だろう。
円朝の話し言葉を、速記者が書き残す。書かれた速記記号は、書き言葉に、書き言葉は円朝自らの手によって推敲され、一つの小説は、ここではじめて産声をあげる。最低でも延べ数にして、四人の人によって、小説が合作された、ということになる。
〈噺(聞く言葉)〉から、〈文章(読む言葉)〉への翻訳。ライヴと、録音。限られた人たちだけのための娯楽から、不特定多数の人たちのための娯楽へ。円朝が小説を書きたかったのは、より、たくさんの人に、自分の落語の世界を、〈翻訳〉された小説を通して堪能してほしかったからだった。
なにごとも、演出は重要だ。幽霊には、柳、と相場が決まっている。
吾妻橋のたもとまで来ますと、町は橋ぎわまで焼けており、くすぶっておりますが、橋とたもとの柳は無事で、おや、吾妻橋に柳があったっけ、と藤十郎はけげんに思いますが、そのまま橋を渡りはじめました。
夫婦の幽霊がこの吾妻橋のたもとに出る、だと? しかもズブ濡れで。馬鹿馬鹿しい。
(中略)
と、たもとの柳の下に人かげが見えます。おや、柳なんてあったっけ?
安政の大地震と、関東大震災。
富蔵・おりょう夫妻と円朝・仲蔵コンビ、そして、芥川龍之介と円朝長男の朝太郎コンビ。
富蔵の莨入と、朝太郎が盗もうとした莨入。
芥川の偽書『れげんだ・おうれあLEGENDA AUREA』と、辻原登氏の偽書「夫婦幽霊」。
イメージの重なり合いが、虚構と現実とを、今と昔とを、この世とあの世を、それぞれの世界と世界とを重ね合わせ、その境界を壊していく。
〈不肖の息子〉特有の、遊び心・いたずら心、そして、はにかみのあふれる文章は、〈父〉に捧げられた、優しく、美しい作品だ。
湘南ダディは読みました。
★★★☆☆
本格的な小説の味わいと文学史を舞台とした知的な謎解きに加え、円朝の落語まで楽しめるという贅沢な作品です。 辻原登が「黒髪」という作品に登場させた橘菊彦の遺品が大阪の古書店で見つかったという親戚からの知らせで、作者がその釜利谷書店にいってみると3,4百枚麻紐でくくられたザラ紙の束が見つかります。という出だしから読者は、この話はドキュメンタリーなのかという迷いをもちながら作者の虚実ないまぜの仕掛けの中に引き込まれていきます。
このザラ紙束はなんと三遊亭円朝の未発表の芝居噺、夫婦幽霊の速記録だったのです。
そのような訳で本作は途中から、「円朝にござります」で始まる、5席連続の口演、夫婦幽霊となります。ここの部分は円朝の口演(口演の速記を再現)を聴く形式となっていますので、口座をつとめる名人円朝の仕草や声音が目に浮かび耳に聞こえるような出来栄えです。
作品中でこの連続口演がおわりますと詳しい訳者後記がありまして、ここで作者はもう一度、読者に謎掛けをします。解読をした速記記号の中に円朝存命中(明治33年没)には在った筈のない速記記号が含まれているというのです。そして作者はこの夫婦幽霊は関東大震災後行方が杳としてしれない円朝の一人息子、朝太郎と芥川龍之介による偽書ではないかと推定をするのです。
たしかに円朝の口演は速記を基に新聞連載をされ人気を博したといわれていますので晩年の円朝素材の速記録が未発表のまま存在することはいかにもありそうですが、このように読者を虚実皮膜の間に張り回らした三重四重のトリックの中に迷い込ませることこそ実は作者の狙いであったのではないでしょうか。各章末にぺダンチックな注記を挿入していかにもと読者に納得させる芸の細かさ、まったく辻原登さんは怪しからん人です。(ロングバージョンのレビューは http://shonan.qlep.com/のレジャー→エンタメでどうぞ)
円朝作としては、物足りない・・・。
★★☆☆☆
肝心の円朝作とされる夫婦幽霊が、なにやら宮部みゆきの時代もの推理小説のようで(それなりに面白いということではあります。でも円朝やら芥川の名前を持ち出されると???という感じです。)、しかも短編といってもいいようなボリュームではどうにも物足りない。この物足りなさを補うためか、夫婦幽霊の前と後ろに、この円朝作と目される速記を読み解く現代の話がくっついている。構成としては凝ったつもりなのでしょうが、あまり面白いとは思えなかった。この構成自体を面白がることはできるのかもしれませんが・・・。
非常に上手い構成の洒落た作品
★★★★★
実に上手く構成された素晴らしい作品です。
たまたま見つかった明治期の速記本。これを解読してゆくところからこの本は始まります。
そして、円朝の未だ見つかっていない作品が現れます。その作品がこの本の中心となっているのですが、序盤を読んでいると、本当に円朝の新たな作品が見つかったのかと思えてきます。後半になって、何となく近代的過ぎるなと感じてきます。
それにしても、「注」の入れ方一つとっても、全く新たな作品の発見を感じさせてくれます。
「訳者後記」で種明かしをするのですが、円朝の息子朝太郎と芥川龍之介の合作というのも、本当なのかなと疑心暗鬼にさせられます。
作者の作家としてのセンスの光った作品でした。