なかなか面白い
★★★☆☆
花師・佐月恭壱には、もうひとつの顔があった。それは、絵画修復師の顔だった。
彼は、大正末期から昭和の初めにかけて活躍した長谷川宗司の絵画の修復を、孫娘から
依頼される。だが、この絵画には別の絵画が隠されていた。長谷川宗司はなぜ絵画を
隠したのか?佐月は、その謎に迫っていく・・・。表題作「深淵のガランス」を含む
3編を収録。
3編のうち一番印象に残ったのは「深淵のガランス」だ。絵画に隠された謎解きも
面白いが、私にとって未知の世界である絵画についての描写も面白い。佐月恭壱が
対峙する絵画・・・。緻密な描写は、読み手の頭の中に鮮やかな色彩を浮かび上がら
せる。そして、息詰まるような修復の場面。隠された絵画を、佐月はどう処理するのか?
絵画が隠された理由もなかなか面白かったし、ラストも感動的だった。そのほかの2編も
よかった。佐月にはまだまだ謎が多い。一体どんな過去を持つのか?魅力的な人物だけに、
かなり興味をそそられる。これからの展開が楽しみだ。
完璧すぎて悲しい
★★★☆☆
とっても面白いんですけど、好みの分かれるところだと思われます。
主人公がスーパーマン過ぎるんですよ。ほとんど神様。
誰がスーパーマンの安否なんか心配するのかというと、スーパーマンは必ず勝つというお約束を知らない、ナイーブなお子様だけ。
この小説の中でも、主人公が絶体絶命のピンチに立たされるシーンが二回ほどあるんですけど、読んでいて全く心配になりませんでした。
だって、スーパーマンなんだもの。
このシリーズの主人公・佐月恭壱とか、考古学者・蓮丈那智とか、晩年になって作者は、完璧な男、あるいは女の、完璧に格好良いパーフェクトな事件解決を描くようになりました。
それを、素敵だ、格好良い、すっきりする、ととらえられる人たちには、たまらなく気持ちが良く、粋な世界だとは思うのですが。
もちろん、こんなスーパーマンは現実にはいないし、美の評価はここで描かれたように誰でも意見が一致するような単純な物でもないのです。
作者は、人間の弱さや、情けなさ、不安やだらしなさも描ける腕を持っていました。にもかかわらず、この方角に作風を変えてしまったわけです。
こういった完璧な世界を願わずにいられなかった作者の、スーパーマンならぬ自己への視線、置かれた環境を考えると、ちょっともの悲しく思えるのです。
色々と、許せないことが多い人生だったんだろうなあ。
贋作ミステリー
★★★☆☆
絵画修復師・佐月恭壱を主人公とした贋作ミステリー3篇を収録。
花師でもある主人公のクールさがカッコイイ。
著者の作品はしばしば複雑でアクロバティックになりすぎるきらいもある。
本作は短編・中篇的ボリュームの作品なので適度なヒネリで読みやすかった。
柄刀一著「時を巡る肖像」も絵画修復師を主人公にしたミステリー短編である。
併せて読むとよりおもしろいかも。
絵画修復
★★★★☆
2006年に出た単行本の文庫化。
絵画修復士兼花屋の佐月恭壱を主人公としたミステリ3編が収められている。
さまざまな絵画の修復を通して犯罪を暴いていく物語である。まさに著者のためにあるような題材で、盛り込まれた仕掛けやトリックも実に面白い。ファンなら見落とせない一冊だろう。
独特の緊迫感ある文体も健在で、読んでいると、なんだか全身に力が入ってしまう。
手放しでお勧めの新シリーズ登場
★★★★★
北森鴻さんの、佐月恭壱を主人公とした、美術修復師のシリーズ第一弾。
ビアバーの「香菜里屋」を営む工藤氏を主人公としたシリーズ、冬狐堂という骨董屋を営む宇佐見陶子の「狐罠」のシリーズ、民俗学者の那智と三国を主人公にした民俗学探偵のシリーズなど、北森鴻にはいくつかのミステリシリーズがありますが、そのどれよりも格好良くて気障な台詞が似合うシリーズが誕生しました。
彼の他の作品でも、裏京都シリーズや福岡のシリーズなど男が主人公のものはいくつかありましたが、今回の主人公ほどかっこよくてクールな男はいませんでした。普段は、花師として色々な店の花を活けているものの、紹介があればいかなる絵画の修復も可能な天才的な修復師という設定と、喋り方や周囲の登場人物などどれをとってもきまっています。主人公の美術に対する信仰に近いほどの思い込みも接し方も、美術ファンとしては二重にたまりません。
文庫ですし、是非是非ご一読を。
手放しでお勧めです。