この作品の内容をひとことで説明しようとすると、確かに文庫の裏表紙や、先述の「文藝」にある「全著作ガイド」のように、何ともドロドロとした恋愛小説みたいな紹介になってしまう。だから、読む前の私はこの作品から「引いて」いた。しかし、実体は違う。現実世界からちょっと位相のずれた世界で生きている登場人物たちの漂うような、しかし確固たる個性をもった生き方の、妙にリアルな生活感。超自然の出来事の、物語内部における必然性。また、結構シビアな心理事情でありながら、それを記述する明快であっけらかんとした文体。それは日本語を母国語とする者にしかわからないような微妙なニュアンスに満ちていて、日本人に生まれて日本語を解しうることの喜びを感じさせてくれる。確かに川上弘美は翻訳不能である。