懐かしの河原町のジュリー
★★★★★
京都生まれの漫画家グレゴリ青山さんの一味も二味も違う京都案内をとても面白く眺めて読みました。あの当時の京都人でないと感じられないディープな話題も満載で、観光客の視点とは全く違った京都の姿を浮き彫りにしています。
冒頭の漫画で描かれている京都の料亭での筆者のアルバイト体験は、京都の「いけず」の集大成のようなものでした。高校生のアルバイトに対してもあのようですから、相当なものです。
「よる」「はる」「もっさい」という言葉の意味も京都人らしい使用法です。
京都人が普段から京料理を口にすることはほとんどなく、「おばんざい」という呼びかけもまずしません。「餃子の王将」が登場するその食生活ぶりも同感でした。良く知られているように「餃子の王将」は、四条大宮で生まれた店です。本書の紹介にもあるようにクーポン券を発行して多くの京都人の食生活を支えてきました。今や全国チェーンになりましたが、ここで描かれるエピソードもまた共感できました。
壬生寺の保育園で育ったとのことで、節分の壬生狂言での炮烙(ほうらく)割りのエピソードはその通りです。本書の出版社の日本写真印刷の四条通を挟んだ向かいにあったひやし飴屋さんもまた懐かしい存在でした。京都の庶民の生活を支えたエピソードが昭和という時代と表裏一体となって読ませてもらいました。
河原町のジュリーも懐かしかったですね。何回も出会いましたし、漫画で描かれたその独特の風貌もまた有名でした。凄い状態だった髪の毛や、足を引きずりながら歩くその姿もあの時代を表す京都の有名人だったと思います。
一乗寺の京一会館、京大の西部講堂は、若者の文化と密接な場所で時代性と文化性を感じるものでした。元祇園の梛ノ宮神社での祭礼と鯖寿司、季節感あふれる水無月など頷くことばかりでした。
このイヤらしさこそ京都である
★★★★★
「昭和の京都」を知る人の話は面白い。
その時代のヒト、コトバ(つまり京都弁)そして風物。
現在近畿一円で、いや日本全国、いや全世界で活躍する京都出身者のココロの底に流れる低奏和音、いや低奏不和音に、それら「昭和の京都」があるのだ。
そしてその「不協和音」をミゴトに、そしてチープに、時にグロテスクに再現したのが本書である。
京都のいけず(わかります?いけずって?)、今や死語となりつつある京都の「大衆語」(「はる」「よる」「もっさい」・・・)、王将の餃子、おぶ(わかる?)、鯖寿司、水無月、河原町のジュリー、西村のエーセーボーロのCM、亀岡山田木材経営団地「ヨショッ!」ドドドン!・・・。
わからんヒトにはなんのことかまるでわからんでしょうが、わかるヒトには失禁モノの「ナマの京都」なのです。
それが、著者の手になる何とも不可思議というか気色の悪いイラストで表現されている。
極めつけは、松原千明(京都出身。甲賀幻妖斎の娘)が「そんなことしたら近所の人に嗤われるえッ」と子供?を叱りつけている画。
このイヤらしさこそ京都である。
最強の京都本の一冊。
地元学生目線で描かれた京都
★★★★☆
京都は犯罪発生率は決して日本一ではありませんが(関西の中では低い方です)知られてないところは多いかと思います。
例えば実は工業都市で、観光で食べている人は2割ほどにすぎないなど。
しかしそういうデータ的な面ではなく、80年代に青春時代をすごした、一般庶民である著者の低めの目線で、面白おかしく描かれています。
著者は幼稚園が壬生寺内とのことなので、町中育ちなのでしょう。「あぁ町中やったらこういうこと言われて育つんや・・・」と発見しました。
私事ながら、うちの親が「京都の近所付き合い」から逃げて郊外に住んだ気持ちが少し分かりました。
TVCM風俗的なことがらは、ちょっと年代違うので分かりませんでしたが、知っている人はツボをくすぐられるのであろう、地元臭がただよって、よかったです。
一時期あらゆるところで見られた未来君・・・、今は植物園でひっそり生き残っております。
ご近所はんに嗤われるえ
★★★★★
京の雅、はんなり、といったイメージを一発で粉砕する
とてつもない本です。面白すぎる。かといって、京都を
不当に貶めているのではなく、京都が好きだからこそ
書けた本なのだと思います。これは買いです!グレゴリ
画伯の書いた本の中でもトップ3の面白さではないで
しょうか?
京都人が気づかない京都
★★★★☆
私はもと京都人で今は九州に住んでますが、著書が巻末にいうとおり、京都の中にいては気づかない京都独特の文化があるんですね。
なんで九州には番茶がないんだろ、と思ってましたが、京都にしかなかったとは…
今30〜40代の京都人にはドンピシャリで、KBS京都のCMは懐かしくて心が小躍りしてしまいました。
ただページ数が少なく、コストパフォーマンスがちょっと悪いですね(しぶちん京都人)。