思うにこれはこの本の欠陥というよりも、「歴史書」シリーズの一冊としてこのテーマ設定をしたことの違和感ではないかと思う。その意味で決してレベルの低い本ではない。
歴史書と論文は役割が違う。私感だが、歴史書を読む楽しさとは小説を読むのに似ている。大きな時間の流れの中で個性豊かな人物たちがそれぞれの役回りを演じながら、「時代」が動いていく。「歴史」である以上、フィクションではないが、物語としての面白さが期待されるのが歴史書だと思う。
それに対して「論文」は新しさがなければならない。面白さや文章のうまさ、ストーリーの流れよりは「論理性」や「正確性」が重要になる。その点、この本はどちらかといえば「論文」に近い。本文のあちこちに引用元の出典の注釈が入り、巻末に参考文献が膨大に並んでいるのがその証左である。歴史書なんてつまるところ過去の人々の著作をもとに書くものだから、引用元を注釈しだしたらキリがないのでは?
「毛沢東VS鄧小平」という仮説設定も、学者にとっては興味深いのかもしれないが、私のような読者にとっては毛沢東と鄧小平が違うことを考えていた人だというのは当たり前でしょ、という感じが強く、改めて強調するようなことかという気がする。
とはいえ数ある中国関連書籍の中では非常に真摯な姿勢、丁寧な論証、良心的なつくりになっていることは間違いない。「中国の歴史」シリーズの一冊としてではなく、現代中国を理解するための基本的な論文として読めば極めて価値のある一冊だと思う。
20世紀史の中でも最も毀誉褒貶の激しい人物の一人であると思われる毛沢東、
「不倒翁」としては知られていても常にその人となりについては霞がかった存在であった鄧小平、
この二人の性格から、政策決定の背景に至るまでを、豊富な資料で裏付をしながら、
一片に偏ることなく書き進めていくことによって、中国共産党の成立から
中華人民共和国の建国、混乱そして現在の成長に至るまでを、鮮やかに描き出すことに、
著者は成功している、と感じております。
ただし、上記二人に焦点を絞ることにより、当然ながらその他の登場人物についてはあまり言及が為されず、
また、中華人民共和国建国に至る時代背景や、なぜ農村部住民が毛沢東を支持するに至ったかなどの
説明が不足している面は否めません。
本書に教科書的な役割を期待している方には不向きでしょう。
しかし、中国の「現在」の背景を知り、今後どのように変貌を遂げていくのかを知る、
この本によってその思考の土台を築くことが出来るのではないでしょうか。
中国史に興味のある方のみならず、ビジネスの場としての中国を知りたい方、
また観光に行かれる方も、この本を予め読んでおくことで、
より大きな収穫が期待できるのではないかと思います。
私自身、上海訪問中にこの本を読み終え、さらなる感慨を覚えました。
「中国の歴史」シリーズの中の一冊として出版されていますが、
著者がそれぞれ異なることもあり、この巻だけを購入しても
読み進めていく上での問題はありません。