忘れられた・・・わけでは決してない作家
★★★★★
1931年に発表されていたというから多喜二「蟹工船」や横光「機械」とほぼ同じころ。1969年に見出され、現在再び評価が上がっている尾崎翠さんは、長らく「忘れられた作家」だったらしい。しかし本当に「忘れられた作家」は「忘れられた」ことさえ忘れられてしまうのですから、力があることは確実です。
一読後、即座にその力の存在には気付くのですが、どこがすごいのか判明としない奇妙な魅力のある小説です。主人公の少女は人間の「第七官」に響く詩を書きたいと上京して兄たちと同居するのですが、まず「第七官」なるものが分かっていないという奇妙さ。一応、「無意識」や「忘我の境地」や「我をも忘れる恋」や「物質の世界」といった人智を超えた感覚らしくはあるのですが、明確にはならない。しかも二人の兄は患者に恋した精神科医だったり、コケの恋を研究する研究者だったり。。。ぶっとんでます。それでいで文体はいたって普通で読みやすい。
自分が望んでいるものがわからないまま、手探りで、それでもいろんなことが起こる、すばらしい「彷徨」小説。「蟹工船」もある意味奇妙だけど、ここまでではない。傑作。