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天狗争乱 (新潮文庫)

価格: ¥935
カテゴリ: 文庫
ブランド: 新潮社
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さまよう天狗たち ★★★★☆
日光東照宮(すなわち権現様徳川家康)への勅使である、日光例幣使(朝廷)
そして筑波山に挙兵した天狗勢(尊皇攘夷激派の水戸藩士を中心にした脱藩藩士)
が栃木呪具ですれ違う.すわ一触即発か。

物語は、歴史の敗者への道を雪崩落ちるように進まざるを得なかった天狗勢の
悲劇を丹念に追ってゆく。
吉村さんお得意の細部を読ませる小説だが、細かすぎて全体像が見えなくなるきらいがあるので、
歴史事典等で、天狗党の乱の大筋を一度振り返ってから読むことをお薦めする。
日本の歴史精神 ★☆☆☆☆
天皇や幕末尊皇派は、戦後の左翼教育等によって、悉く貶められてきました。
水戸は、尊皇思想のさきがけとなり、水戸の学問は吉田松陰や西郷隆盛をはじめ、幕末尊皇の志士に決定的な感化を齎しました。
故に戦後の左翼史観からは、忌避されました。東京裁判史観や司馬遼太郎史観に覆われた日本の戦後は、古代から連なる日本の真の歴史との大きな断絶を齎しました。現代日本の抱える問題の多くはここに源があります。日本の真の歴史を受け継いでいないのです。水戸の天狗党とは何か。幕末とは何か。明治維新とは何か。そのことは、近代日本の歴史の核心であり、またそのことが分からないと現代日本を考えることは出来ないのです。
徳川慶喜は水戸の出身です。水戸の学問があったから、大政奉還があったのです。そして慶喜と天狗党は、日本の歴史精神によって繋がっていました。そしてその精神は、西郷の西南の役と繋がり、或いは近代戦争の特攻隊にも繋がっているのです。
天皇や尊皇の志士を貶める様々な、根深い現代日本の毒を、見極めていただきたい。司馬遼太郎が乃木将軍を貶めたように、NHKが今年歴史捏造によって1万人から集団訴訟を提起されたように、メディアの悪意、学者の悪意を見極めていただきたい。NHKは司馬作品を好んで取り上げるのは何故か考えていただきたい。
天狗党は1000人もの志士や農民が集まり、尊皇攘夷の旗と、天下のさきがけの旗と共に悉く散りました。水戸と長州の「成破の盟約」は、水戸が率先して、難しい「破」を引き受けました。明治政府は長州が中心に「成」したのです。水戸の人士、悉く散り、生き残った重鎮も明治政府からの誘いを断りました。それが、幕末の水戸だったのです・・。
島崎藤村が『夜明け前』で詳らかに描いた天狗党は、日本の歴史精神を顕現しています。
幕末の水戸藩 ★★★★☆
水戸藩は、尊王攘夷の先鞭をつけながら、次第にその存在感を無くしている。
その理由として考えられるのが
1、水戸藩の尊王攘夷があくまで、佐幕で、倒幕ではなかった(親藩としての限界)
2.幕末史の重要な時期に尊王攘夷派と門閥派の内部抗争で力を消耗させてしまった。

この本は、2に焦点を合わせている。

長州藩の動きと呼応して、蜂起した天狗党だが、文久3年8月8日の政変で長州が失脚したため当初の計画が蹉跌する。

その後、尊王攘夷運動に好意的な藩の協力を求めながら事成らず、一橋(徳川)慶喜を慕い京都に向かう。

吉村昭さんは、司馬慮太郎さんのように饒舌ではない、性急な価値判断を避け、一貫して冷静な文体で天狗党の行動の軌跡を追い、一橋(徳川)慶喜に冷たく見放され、悲劇的な最後を遂げるまでを描いている。

考えさせられる点は多い。

自分を正義と信じ、高圧的に軍資金の提供を求めることによって、民衆から見放されていく経過、
こういう集団の規律が緩いと何が起こるか
(市民を二人を切り殺し、焼き討ちを働いた支隊の隊長を謹慎ですませたため、この支隊はあちこちで民衆の殺害、焼き討ちを働く)

その後天狗党は規律を厳しくし(規律違反はすべて死罪)、秩序を保つが、もはや暴徒というイメージをぬぐい去ることはできない。

一方で、こういう一種の大衆運動を取った集団に対する武士政権の容赦の無さ。
自己保全を優先した慶喜の冷たさも、しっかり捉えている。



時勢の流れに乗り切れなかった天狗党の悲劇 ★★★★★
 日米修好通商条約調印後に尊皇攘夷運動の盛んな水戸藩士の中でも特に過激な武田耕雲斎率いる水戸の天狗党が筑波山で挙兵してから越前で処刑されるまでの事件の流れを詳細に記録した傑作、本書に出会うまでは、なぜ京都の徳川慶喜に直訴するために戦いながら絶望的な行軍をする必要があったのか分からなかったが、本書を読んで西へ移動するしか生きる術がなかったことを知ることができた。徳川慶喜が幼少の頃から顔を合わせていたはずの水戸天狗党の面々を鰊蔵に押し込めて、1日に数百人(武田耕雲斎の3歳の孫や妻を含めて)斬首に処するという過酷な決断を下した件については心情を推し量ることができなかった。斉昭の忠実な家臣が斉昭の息子に殺されることになるとは歴史の皮肉である。ありままの事実を淡々と書き並べたような盛り上がりのなさやドラマ性のなさに物足りなさを感じる人もいるかもしれませんが、この淡々とした話の展開が、真実をもとにしたリアリティと臨場感を醸し出す効果を高めており、この作風は著者の大きな魅力だと思う。この作風は他の作品にも一貫しており、読後の充実感と爽快感を与えてくれる。まだ著書の作品を読んだことのない人は本作よりも「関東大震災」「長英逃亡」「破獄」「漂流」等の作品から入ることをお勧めします。
歴史は変わっていたか? ★★☆☆☆
桜田門外の変の四年後に、実際に起きた出来事を描いた作品。
主人公といえる人物は登場せず、天狗党自体がそれである。
それ故にいまいち視点が定まらない感があった。

尊王攘夷思想を体現するために組織されたが、
世論を味方にできずに、あらゆる方面で敵を作る。
京都を目指し、現在でいう茨城、栃木、長野、岐阜、石川の各県をさまよい、
なんとも煮え切らない、中途半端な最後を迎える。凄絶であるが、地味すぎる争乱である。
しかし、吉村氏はまさに、それを書きたかったのか?

この時代背景を知らない方はよくわからないと思います。
不親切に(こういう所が好きなのだが)、その辺りの事は一切何も書いていないから。
同じく、吉村氏の作品「桜田門外の変」と続けて読んでいただければ、より楽しめると思います。