どちらも、平穏な生活がじわじわと崩れさっていく人の姿を描きます。そこには自己の欲求と社会的要請との相克があり、そのバランスがほんの少しズレただけで奈落の底に落ちてしまう危険性と隣り合わせに生きる、人間の社会的存在としての立場の危うさが垣間見えます。人間は社会的存在として規定されていればこそ、完全に好きなようには生きられない。その息苦しさに耐えることが生きることなのだ、そんなメッセージを受取りました。
人物描写、感情描写の素晴らしさは相変わらずチェーホフならではでしょう。そうした感性が、訳文になっても損なわれないのはやはり元のテキストが優れているのでしょう、翻訳だということを気にせずに読むことができます。