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英語でよむ万葉集 (岩波新書)

価格: ¥886
カテゴリ: 新書
ブランド: 岩波書店
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この本でないと立てない視点 ★★★★★
 レビュアーの国文学の専門性はかなり低いので、その視点からのレビューであることをお含み頂きたい。

 まず、見開きで、右のページに万葉集の原文と現代語訳。左のページにその箇所の英訳。
そのあとに、訳にあたっての発見と苦悶が綴られてゆく。

 「籠もよ み籠もち」という、あの有名な出だしは
"Girl with your basket, with your pretty basket,"
という具合だ。一つひとつの歌の技巧、多義性までも視野に入れながら、
可能な限りそれまで英語に反映させようというわけだから、その理解力、根気、センス、
好奇心などなどなどに、ただただ恐れ入る。

 日本語が今も本質的に持つ魅力、「あおによし」の時代にいっそう匂っていた魅力。
英語の調べの美しさ、翻訳という作業が内包するロマン。この一冊が我々を誘う先は、
実にカラフルだ。

 日本語も極めて堪能な筆者からしか立ち上がらない、万葉集の新しいイメージが
膨らんでくる。万葉集を開いて見ようなんて思ったことなかったのに、
長歌の調べの美しさに開眼させられた。
Translation into other language is tough. ★★☆☆☆
例えば二歌は次のように英訳されている:
Many are the mountains in Yamato, but I climb heavenly Kagu hill
that is cloaked in foliage, and stand on the summit to view the land,
On the plain of land smoke from the hearths rises, rises.
On the plain of waters, gulls rise one after another.
A splendid land is the dragonfly island, the land of Yamato.
比較のために原文を下記:
山常庭 村山有等 取與呂布 天乃香具山 騰立 國見乎為者 國原波 煙立龍 海原波 加萬目立多都 怜A國曽 蜻嶋 八間跡能國者
万葉集の英訳の難しさをはっきりと見せ付けられる。ケチを付ける訳ではないが、ニー三書きとめておきたい:
(1)「山常庭 村山有等 取與呂布」における、朝廷を意味する「庭」と、「大王」と思われる「取」との関係が見えてこない;
(2)「天乃香具山」は、大王にとって特別な山であるが、英語訳では、その思いが伝わらない。そこいらの山のなかでやや目立つ程度の山という表現になっている。
(3)「煙立龍」は竈からの煙が龍が天に登るような形状であることを詠っているが、rise で置き換わってしまったため、煙の「もくもく」という情景が思い浮かばない。
(4)「蜻嶋」は、現在の杵嶋山と勇猛山だ。これらの山は当時は有明海の干潟にあったはず。この二つの南北に並んだ丘を天山から眺めると、それは羽を広げたトンボに見えた。こうした情景も、英語訳からは浮かび上がってこない。
(5)「八間跡能國」には、詠み手の多様な思いが込められている:「やま」国の「跡」であり、「八」(多分八幡神か)に関わる神への思い等などである。
(6) そして、なによりも「やまと」を多様な漢字で表記する事に込められた意味と、その歌の興趣が完全に失われてしまっている。
(7)万葉集は「漢字」を巧みに使うことで、耳だけでなく、目でも詠み手の心を聴衆に訴えている。そして、これを外国語で、外国人に伝えるには高度でかつ丁寧な表現が求められると思う。
2〜3なぞと言いながら7点も書いてしまった。
萬葉への愛と、英語の力と ★★★★★
久しぶりに萬葉集の歌をまじめに読んだ。そう言えば、萬葉旅行の委員をやっている時も、犬養先生の朗読で耳からはいって来た歌ばかりだったから、こんなにまじめに読んだのは初めてかも知れない。

形式は例によって、右に日本語左に英語見開き。今回はその次の2ページに、歌の魅力が翻訳の難しさ面白さと共に解説されている。この文章が萬葉集への愛があふれるとともに、言葉というものの本質を突いている文章で素晴らしい。歌の鑑賞自身は(特に知らない歌は)かなり苦労しました。英語の方も、詩というのは、ボキャブラリーとその芸術的な使用が勝負な訳で、私の英語力ではピンと来ないものもかなりあった。それでも、リービ氏が苦労して素晴らしい表現を紡ぎ出していることが私にも分かる歌がいくつかあって、それだけでも読む価値は十分ある。

翻訳に多少疑問を感じたものもある。対訳とは恐ろしいもので、特に詩歌のような短い形式では、対応を追えるので、誰でもこう言う感想を持つことができる。考えてみれば、ものすごくチャレンジングな形式だ。これは、私の独りよがりの萬葉集の解釈のせいかも知れないし、英語表現への理解が間違っているせいかもしれない。ほとんどはそうなのだろう。本書の解説の部分は読者の疑問に対する答えという側面もある。ここはどうしてこの単語を使ったのか、この語順にしたのかの解説は、英語に対する理解を大いに深める。それでも、限られた紙面の中で答えの得られなかった疑問もあって、著者から直接解説してもらえたら、どんなに楽しいだろうと思った。

25年ほど前に、犬養先生のお宅で英訳の萬葉集を見て、そのレベルの低さに驚いたのだが、リービ英雄という日本語と萬葉集への深い理解と英語の豊かな表現力を持った翻訳者を得て、素晴らしい英語になったこと、そして、その解説を読むことができることは、英語に興味を持つ(まあ、苦しめられもしているのですが)萬葉集ファンとして、大変な幸せである。
日本文化の最古層を世界の人々が読める言葉に結実させた偉業 ★★★★★
 アメリカで日本文学の研究をしていた著者は、万葉集にたどりついたとき、「古い日本語」というよりも「とても新しい文学」に出会った気がしたと回想している。万葉集は、昨日書かれたかのように、「新しい」ことばの表現として、最高の感動を与えてくれたという。約50首の対訳から有名な歌一首を挙げて寸評したい。

  あをによし 奈良の京は 咲く花の にほふがごとく 今盛りなり

  The capital at Nara、(奈良の都は)  
  beautiful in green earth,(緑地に美しく) 
  flourishes now(今栄えている)
  like the luster(艶のように)
  of the flowers in bloom.(咲く花の)

「あをによし」は奈良にかかる枕詞として、普通は訳さないが、こでは有意の英訳をしている。古代の「にほふ」は視覚的な艶(光沢)を指していたことを心得ている。「盛り」は経済的繁盛というよりは、文化の花咲くというニュアンスの訳語を使っていて、適切である。  
 実際に現在まで残されてきた、日本人の誰もが読める、翻訳をすれば世界の誰にも伝わることばの中でね奈良の住人が「見て。私たちの京は今栄えている、今盛りに達しているのである」と自然界の比喩をもって訴えている。明るい、おおらかな自文化の誇示である(雅)
期待はずれ ★★☆☆☆
仕事の必要上読みましたが期待はずれでした。
印象批評的な内容で鋭角的な切り込みがありません。
専門書としてはもちろん、読み物としても面白くありません。