多島海の風に乗って想像力がおもいきり羽ばたいてゆく、これは感動的な読書体験だ!
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旅する人類学者と詩の歩行者の十六年にわたる豊饒なる対話篇!
アーキペラゴとは多島海、あるいは群島の意。だまし絵本の海と島、つまり地と図の関係性が瞬時に反転しあうこの語のダブルイメージが、歴史と詩の島々を航海する想像力の出発のヴィジョンだ。それは、現代世界に氾濫する国家・大陸原理に抗して、境域と境域を繋ぐ群島状のテリトリーへ意志的に離脱し、新たな世界像を想い描くための思考の問題であると同時に、その多島海の波の温もりにじかに触れるための方法論の問題でもある。
言語的な面に注目するとき、方法としてのアーキペラゴは言語を論理の意味性から口承性と音響の物質性に裏返し、音としてのことばが事物の宇宙に回帰する野生の詩学の創造を群島渡りの航海の旗標として掲げる。日本語の花火(ハナビ)と、朝鮮語の蝶(ナビ)を、その音を通じて大胆に架橋し、イメージを炸裂させる詩人吉増剛造の驚嘆すべき比喩感覚と想像力の自由度の秘密を、かつて今福龍太はオノマトポエティクスと命名した。
浦、裏、心(うら)、あるいはウラー(ロシア語の歓喜の叫び)、E・A・ポーのulalume、亡命詩人ブロツキーのurania……。本書では、詩人と人類学者、両者の交差し混淆する声が、たとえば「ウラ」という音を仲立ちにしてことばの千の飛び石を機敏に跳ね、文字通り言語の国家大陸を横断するめくるめくポエジーの群島を刺戟的に頁に浮上させる。
奄美群島、アイルランド、合州国南西部、カリブ海、ブラジル。今も歴史の裂傷から血を流すこれら具体の地勢に粘り強く意識を寄り添わせ、ことば=響きの多島海の風を果敢に渡る、ふたりの剛胆な詩の魂が呼び交した信号の記録――日々ことばの限界に煩悶しながら、なおことばをつうじてことばの向こう側へと触れようとするものにとって、本書は、魅惑的な詩の冒険行に誘う航跡の紋様を描き出すだろう。
往復書簡と創作の競演、写真も魅力的!