本書を読む前に
★★★★☆
これほど科学者と科学論者との間で評価が分かれる本もあるまい。
本書は科学論においてはアクター・ネットワーク理論(ANT)の具体的方策を確立した記念碑的著作であり、
原著の刊行から20年以上経った今でも本書抜きには科学論を語り得ぬ程の古典的名著である。
他方科学者の目には本書は、情報学教授の佐倉統氏のメタローグにもある通り、
自然科学という優れた知的営為を「迷信とも区別のつかぬ信念」の社会的構築作業へと貶めるものに映る。
私も佐倉氏の述べる通り、本書の主張を額面通りに受け取ることは危険であると思う。
この両者のギャップは、本書が科学論の歴史を鑑みてこそその意義を理解する事の出来る著作であるが故に、
「科学論」の初学者である科学者にはその価値が見え難い為生じるものであろう。
(実際本書で示されるANTの何が優れているのかを理解するには、それまでの科学論の流れを知らねば理解が困難である。)
であるから本書を読む際には、本書の科学論における歴史的意義を事前に把握しておくことを強くお奨めしたい。
ラトゥールの「挑発的な調子(訳者の川崎氏の言)」に満ちた文意を精確に理解する為には、必須の作業である。
幸いにして訳者の解説がこの点を重点的に触れているので、是非参照されたい。
現代科学論の理論的基礎!
★★★★★
著者ブルーノラトゥールは現代科学論界の最重要人物。デビュー作 Laboratory Lifeで、科学者の研究活動のありようを詳細に追跡し、「科学的事実」というものがその事実性を獲得していく過程を明らかにして、従来の科学哲学に挑戦状をたたきつけた。 そのラトゥールが、トマスクーンの『科学革命の構造』以来、激しい論争を巻き起こしながら発展してきた現代科学社会学(STS)の諸成果を総合し、科学の社会性の本質の何たるかを徹底的に掘り下げることで事実上のパラダイム確立を成し遂げた現代の古典、それが本書Science in Action(原題)であります。
とにかく世紀の古典たる資格を持つ書物というものはとことん誤解されます。本書も全く同様の運命をたどった書物。現代科学論の全理論的基礎を敷いたといって過言ではない本書を読まずして科学論(科学史・科学哲学・科学社会学)はもはや語れません。本書Science in Actionでのラトゥールの主張は多岐に渡りますが、一点だけ挙げておくと、「飛行機は滑走路なしでは飛べない」という皮肉(?)が印象的なものでしょう。つまり科学技術はそれ自体で力を発揮しうるものではなく、科学技術が機能しうる外部の社会的環境を作り出すことが不可欠なのだ、と。うまいことを言うもんです。
上記の佐倉氏のレビューはラトゥールを誤読しておられると思う。本書のどこにも「科学の民主的自律性の全否定」など書いてありません。ラトゥールはただ「科学は何故かくも強力であり続けられるのか」を、科学者の現場活動や科学技術が機能する場面を描写することで、明らかにしようとしているだけです。しかし佐倉氏が本書を「科学者に読んでもらいたい」と評している点はまったくそのとおりで、「科学論」てのは科学者こそが第一の読者であるべきだし、そうなるように科学論者は刻苦勉励しなきゃいかんということだと思う。