遺伝子が変化する驚くべきメカニズム
★★★★☆
本書は、遺伝子が変化する仕組みを巡る。進化の過程において、ゲノムはどのようにして変化するのか。変化したゲノムが生き残っていく仕組みは。あるゲノムからあるゲノムへと変化したということを、どのように判別するのか。このような問いを巡って、遺伝学研究の現状を概説したのが本書である。
序章と第一章は、主に木村資生の中立進化説についての解説。自然淘汰により、生存に有利なものが生き残るとする従来の進化説。それに対し、中立進化説は遺伝子浮動、突然変異を変化の原動力と捉える。著者によれば、1970年代に遺伝学のパラダイムは中立進化説に取って代わられた。中立進化説は確立した「中立論」である。著者が言うように、まだ従来の進化説のような解説が散見される。この序章、第一章はきちんと読まれるべきだろう。第一章では序章の概説を受け継ぐ。集団遺伝学の数理モデルを使い、中立説をさらに詳しく提示。生物集団の中で中立的な遺伝子浮動が、いかに生き残っていくかが示される。
第二章は遺伝子の産物であるタンパク質の進化について。ある生物のタンパク質が、他の生物のタンパク質と共通の祖先遺伝子まで辿れるかどうか。つまり、二つのタンパク質が相同であるかどうか。また、あるタンパク質をコードする遺伝子が進化するにあたって、他のタンパク質をコードする遺伝子の進化にどれほど影響を受けるか。このことが統計や行列などの数学を使って提示される。第二章は生物情報学bioinformaticsについてである。ただ、第二章は説明されない専門用語が多く、読むのはやや困難を覚える。
第三章は特に面白い。ここは水平遺伝子移動についての解説である。祖先から子孫へと「垂直的」に受け継がれていく遺伝子。それとは違い、異なるゲノムからゲノムへと移動する、流動的な遺伝子がある。ゲノムの変化は突然変異だけでなく、このような流動する遺伝子によってももたらされる。そして、ゲノムの流動性は考えられるよりも大きい。「動く遺伝子」たちであるファージ、プラスミド、インテグロンなどが解説される。驚くのは、それらが別のゲノムのなかに入り込むための「戦略」である。さらに驚くのは、侵入される側のゲノムが備えている「防御機構」であり、DNAの修復機構である。極めてミクロな世界で展開される、遺伝子のせめぎ合いにただ驚くばかりだ。
第四章は多細胞生物のゲノム進化に焦点を絞る。様々な多細胞生物がそれぞれ独自の進化の経路を持っていること。それらの進化にゲノムの変化がどう関わっているかが語られる。第五章は古代DNAについて。化石などに見られる太古のDNAをどう扱うかについて。DNAの抽出の難しさが語られる。そして、ネアンデルタール人のDNA分析、中国の黄河流域に住んできた人々の遺伝子多様性について、実際の研究が語られている。最後に、本書全体をまとめる「結び」がある。
本書は遺伝子が変化する様について、専門書の一歩手前の位置で解説している。遺伝子変化の様々な仕組みについて、驚くべき記述に溢れている。知的興味を大きくかき立てられる、魅力的な本だ。