中国最古の詩集
★★★★☆
日本人の民族思想のバックボーンが知りたくて、いろいろと読み漁っているが、やはり「四書五経」は避けて通れなさそうだ。四書五経とは論語をはじめとする中国の古典で、江戸期までの日本人の基礎的教養であった。そんなわけで半ば義務感から手にとってみた。
詩経は約300編からなる中国最古の詩集で、いまから2500〜3000年前にその原型ができあがっていたという。内容は、恋の歌、結婚のお祝いの歌、戦地から故郷を思う歌、政治を風刺する歌など、民衆の生活に根ざしたものが多い。
本書はその300編のなかから70編程度をピックアップして翻訳し、詩経とは何か、について専門的論考を加えたものである。昭和18年の初出、1991年に復刻されて現在まで毎年版を重ねているので、スタンダードといってよいのだろう。特筆すべきはその翻訳である。単なる読み下し文ではなく五七調で、日本語として読んでもちゃんと詩になっている。
有女同車 咲いたむくげの華のよな
顔如舜華 かわいい娘と相乗りで
将◆将翔 ゆけばゆらゆら
佩玉◆◆ 玉かざり
彼美孟姜 きれいなジアンの姉むすめ
洵美且都 ほんにきれいでみやびてる
という具合である。情景が目に浮かぶようで、声に出して読んでもよし、なかなかの名訳である。
しかし悲しいかな、その解説は素人にはチンプンカンプン。おそらく中国文学史の大学院生くらいの基礎知識がないとわからないのだろう。その意味ではもっと初学者向けのものを手に取るべきであった。
本書の正しい価値を知るには、もっともっと勉強が必要ではあるが、そこを飛ばして訳された詩だけでもそれなりに楽しめる。人が天とともにあった時代、人と天がいまよりももっと近かった時代の詩に、わからないなりにも触れてみた価値はあった。道徳は天の法則である、と著者はいう。民衆が歌いついできた詩が、儒教の基本経典になっている理由がなんとなくわかった気がした。