典型的だが楽しく読める
★★★★☆
舞台は何百年も昔のスペイン。「オルメードの騎士」との誉れ高いドン・アロンソが、出先でイネースに偶々出会い、二人は一目ぼれしてしまう。
早速、老女で魔女のファビアに取り持ち役を依頼し、ファビアはまんまとイネースの住む邸へ入り込んでいく。
こうして策略と魔法でアロンソとイネースは遂に手紙を交換し、会うことができるようになる。従者テーリョもアロンソに忠実に仕え、支えていく。
しかし、地元の有力貴族であるドン・ロドリーゴがイネースに恋焦がれ、何とかして結婚しようとしていた。
ロドリーゴはアロンソとイネースの気持ちや、恋の成就の為の策略に至るまで全て知ってしまい、アロンソに嫉妬し殺意を抱く・・・
高貴な人々の一目惚れとなかなか容易には進展しない恋、恋敵の恨みや復讐など、物語自体はありがちな筋である。
しかし本作は、怪しい老女に仲介役を頼むなど、中世スペイン文学『ラ・セレスティーナ』からも要素を取り込み、
これまた『ラ・セレスティーナ』同様に影でこっそり本音を傍白したりするキャラクターたちの台詞は、
時に人生の本質を突き時にツッコミのようで笑えて、物語の流れがみえみえであっても面白く読める。
原文を引きながら解説した訳注及び、作者の伝記も交えた解説が巻末に付されている。
スペイン「黄金世紀」の戯曲
★★★★★
一応主題は、オルメードの騎士ドン・アロンソとドニャ・イネースの悲恋物語。
しかし、ファビアという魔術師のような女や、ドン・アロンソの従者テーリョなど、怪しげだったり、一癖も二癖もありそうな登場人物の印象が深いです。
精密に語られる話ではありませんが、この戯曲の場合はだからこそ魅力があります。語られていないことのうちに、ひょっとして、このウラには、こんな事があったのではないか?などと、想像をそそります。
全編をおおう、ファビアのオカルトチックな魅力も秀逸。
作者の意図とは別にして、読み手によって解釈を楽しめる話。
逆に、そういうあらゆる解釈が可能なように、ロペ・デ・ベガは作ったのではないか、とも思えます。
あとは劇を演じる者たちが、観客を楽しませるように、好きにやってよ、というように。ある程度、ざっくりと作るのが技術だったのかもしれません。
あと、本編を読む前に、解説を読んだ方が、この本の場合はいいです。
「オルメードの騎士」というタイトルから、当時の観客たちが、何をイメージしたかなどが解説されているので、より楽しんで本編が読めます。
訳者長南実氏の遺作
★★★★☆
モームが確か、面白い作品を書く作家ということでベガの名を挙げていたと記憶し
ています。日本での知名度はセルバンテスに遠く及ばないけど、セルバンテスが劇
作家の道を断念したのも同時代人のベガの才能に圧倒されたためだとか。
ドン・キホーテを訳した牛島信明氏のお師匠さんでもある訳者の長南実氏は、韻文
形式で書かれていた作品のリズムを壊すことなく優れた翻訳をされました。さら
に、訳注は訳の意図まで書いてくれてるという優れものです。また、長南氏の遺稿
を出版にまで持っていった岩波書店の清水愛理氏、校正を担当した林恵子氏の尽力
に感謝です。
スペインの黄金の世紀を代表する劇作家の作品がこうした関係者の努力の結果、文
庫で入手可能となりました。
まずは、本編を読む前に丁寧で詳細な解説から読むことを勧めます。
ちなみに劇の時代設定はホアン(フアン)二世の御世、つまりは名作マンガ「アル
カサル」のドン・ペドロとエンリケの曾孫がカスティリア王国の王であった時代で
もあります。