〜 村上春樹と60年代〜80年代日本の、優れた構造分析。 〜
★★★★☆
物語という、一見するとただのストーリーに思われるものの背景に、
どのような隠れたメッセージが込められているか、そのことに疑問を
持つ人で、かつ村上 春樹作品を知っていたら、恐らく楽しめる内容。
本作では、『風の歌を聴け』、『1973年のピンボール』、『羊をめぐる冒険』
『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の、デビュー作以来4つの
長編・中編作品について、その解題が試みられる。
それぞれの解釈に正解・不正解をつけていくというよりも、膨大な情報の
中から、いくつかの仮説を導き出し、それを強いものとするために色々な
文献・歴史・言い伝えなどが散りばめられていることを楽しむことができる。
また、併せて優れているのは、村上春樹と言う、今や確実に日本を代表する
一人のストーリーテラーを徹底して見つめることで、同時にここに紹介される
4つの作品の背景にある、60年代〜80年代の日本を、併せて解きほぐせること。
僕も映像でしか知らないが、学生運動、“アメリカ”の流入、ベトナム戦争、
高度資本主義社会などの社会的に大きな出来事と、個々人の中の「私」と
「僕」の連関を知ることで、今の自分を知る大きな助けにもなると思う。
▼ 本 文 引 用
『風の歌を聴け』は、たぶん、この「気分が良くて何が悪い?」というポップスの
気分によって書かれた日本で最初の小説である。(052)
もし本当の事を知りたいのなら
★★★★★
この読解本を読み終えた後では、村上さんの作品が自分の中で「小説」ではなく「思想書」に近い雰囲気を帯びてきているのを感じます。読んでみれば分かりますが、どの内容も単なる「こじ付け」や「都合のいい解釈」ではないのは、加藤氏はじめゼミ生数十名による集団的批評による評論精度の向上の結果の賜物でしょう。本当にお疲れ様です。村上作品に対する自分の持つイメージを大切にする方もおられるでしょうが、真実を知りたければ本書を手に取ることを強くお勧めします。少なくとも僕は既成の見解を打ち壊され、激しいショックを受けました。「漠然と小説を読む」という行為は、村上春樹にはもったいない。読む=理解ではないこと、小説は一生楽しい玩具箱であることを教えてくれたこの本に感謝します。
国語の問題ではないけれど
★★★★☆
元来,にとって正しい解釈というのはあるのだろうか.国語の問題ではあるまいし「このとき作者は何を考えていたか」などと問いを考える必要は無い.読み方は自由だ.ましてや村上春樹のような作家の小説に解析など野暮なだけではないか?
このように考えていたがこの本はそれなりに楽しませてくれる.書いてあることにはそれなりの整合性があり,かつ通常では気がつかないようなところまで教えてくれる.全てに同意するかどうかはともかく,ひとつの物語の解釈としては楽しませてくれる本だ.
けっこう本格的読解〜鼠が気になる人へ
★★★☆☆
村上春樹の作品は、一部ファンタジーものを除き、どれも読み易く。ついついサラリと読み流してしまいがちだった。暇つぶしに読み返す事はあっても、読後あらためて考え込んだりする事は無かった。
そんな僕にとって本書の読解は、新鮮な驚きを与えた。
とくに親友「鼠ねずみ」の存在に迫るあたりは…。
第一巻の本書は『風の歌〜』『ピンボール』『羊をめぐる〜』
『世界の終わり〜』79〜85年までの4作を読解している。それぞれ作品ごとの独立した個別評論というよりも、横断的に個々の作品をつなげて論じている。だからこの4作以外にも『ノルウェイ〜』の直子の言及とかも関連して度々でてくる。総合的な分析といえる。
作者は大学にゼミを持つ教授で、どうやら複数の書き手がいるみたい。短文コラムが所々に出てくる。学生たちの共同作業をまとめた様だ。途中で村上龍がポップアートについて語る文章が引用されたり。
コッポラ『地獄の黙示録』との関連を書いたり。タイムテーブルを作って、時系列に分析してみたり。あの配電盤の暗示は?とか春樹作品における音楽レコードの役割は?とか結構本格的に分析してる。
確かに少し難しい所もあるが、全体的にカラフルな内容だ。
巻末解説者の竹田氏は、作者の同僚で、ハイデガーなどの著作をもつ哲学者だ。なのでけっこう本格的な学者が書いた読解本となっている。軽いエッセー・ガイドブック的なノリは無い。
PS●本作者・加藤典洋の『日本の無思想』は、タテマエとホンネの言及が、面白かった。