たしかに半分はそうである。なぜならこれは「夢」に関する物語だからだ。当初、いかにも現実の歴史に沿うよう展開していた出世譚は、マーティンのホテルが次々と建造されるにつれてゆがみ、やがて夢幻のごとき色彩を帯びてくる。ホテルの内部には、森や滝、本物の動物が走り回る公園、キャンプ場、はては地底迷路などという、現実には考えられないたぐいの施設が増殖、それに歩調を合わせて地下へ地下へと層も広がってゆく。ついにマーティンは、それ自体でひとつの社会と化したかのような巨大ホテルをつくり上げるが、あまりにも常識を凌駕していたため世に理解されず、その絶頂にもかげりが訪れる――。
きわめて独特な物語世界だが、圧巻はホテルの描写だろう。輪舞のように次々とつづられていく奇怪ともいえる施設の数々。読み進むうち、いつしか読者はもうひとつの世界を築く快楽に加担している。アメリカの歴史を借りて紡ぎだされた夢幻境。それこそ、著者が創造しようとしたものにほかならない。著者は本書によってピューリッツァー賞を受けているが、そうした栄誉すら、この作品の前では幻のごとく色あせてしまう。まことに恐るべき怪作である。(大滝浩太郎)
果てることない主人公の野望を肥大化し暴走する現代社会に置き換えて寓話と読むも良し、毎度おなじみの幻想的かつ緻密な描写を堪能するも良し。
長編のせいか“物語る”ことに、いつも以上に力点が与えらていて絶妙のバランスに仕上がっている。
読書の喜びを心から感じさせてくれる、地味なのに破天荒な傑作。
父の経営する煙草屋を手伝うマーティンは、生まれながらにして商才に長けた少年。まじめさ、律儀さに目を付けたおとなたちによって、やがてホテル経営の世界へと導かれていく。とんとん拍子で出世していくマーティン。それと並行して開店させたランチの店も上々だ。
大金を手にしてもマーティンの夢をとどまることを知らない。それもそのはず、彼が夢見たものは「成功」などではないのだから。マーティンのように夢を実現させていくことは困難かもしれないが、夢を見続けていくことは僕にもできるに違いない。