大学で教科書に使ってるんでしょうか?
★★☆☆☆
かつて『現代口語狂室』を読んで実に愉快だったので、爾来この人の本は時々読むのだが、最初の出会いを超えるものに出会った記憶がない。
書名中にある「私学的」とは畢竟「非啓蒙的」とでも言い換えられると思うし、著者の説くところもまさに生真面目な啓蒙性から解き放たれよというアジに終始するわけだが、しかしそのアジに常に啓蒙性がつきまとうところがご愛嬌で、実際この著者のこれまでの作品における啓蒙本の比率の高さたるや驚くべきものがある。本書も著者の講義録とも呼びうる内容だそうで、帯には皮肉なようで生真面目に「本書の対象読者」などが列挙されているのを見ると、誰が読もうとこっちの勝手だと毒づきつつも、その啓蒙精神が微笑ましい。
しかし啓蒙性とは別の言い方をすればやはりイケてないと言うか、中途半端だということで、これは私の印象では蓮實重彦の抑圧が強すぎるのではないかと思う。実際、言ってることがどこまで行っても蓮實の掌から出られず、蓮實的シニフィアンの形態模写をしているようでいて実はシニフィエをなぞり再確認することに終始し、シニフィアンに淫するばかりで蓮實的シニフィアンの帯びる歴史性だとか社会性には全く届かない、というのが率直な印象。
因みに持ちネタのNHK放送用語集批判の件りで、【暴力団組員】についての「ヤの字の自由業者らに対する公共の蔑視を共示しようとしている」(p237)というコメント中にある「ヤの字の自由業者」という表現のPC性というか、配慮は一体何なのかと疑問に感じたのは私だけだろうか?
いまどき珍しいガチの文芸批評
★★★★★
これはいい本が出ました。手放しで、面白いと思います。
後半からは結構ガチの作家評論的な流れになりますが(苦手と思っていた中原昌也がこれを読むと面白い小説と思えるから不思議)、単純に面白いのは前半。
例えば、「出来れば「優」を取りたい人のための「十戒」」は何かと思えば、なんと「優」をとるためのレポートの書き方。「禁語録 NHK・換言の政治学」はNHKが放送で使ってはいけない言葉の言い替えリストを分析。「犯罪としての話法 谷崎潤一郎の推理小説」ではミステリー小説の原理を解説。と、バラエティに富んだ内容で、推測するに、文学を成り立たせている根本要因、すなわち「言葉」に注目するテクスト論者である著者の、一貫して言葉の力学を繊細に読み取る姿勢が表れているのでしょう。
書き手が何を思って文章を書いたのかを読み取るのではなくて、書かれた言葉から何をいかに読み取ることができるのか。この著者の魅力はそのクリエイティブな読みの一点につきます。前半で言葉に注目する姿勢を養った後、後半の流れでクリエイティブな読みへと連なっているようです。
村上春樹についても一章さかれていますね。結構激しい調子で書かれているので、ファンの人はびっくりするかもしれません。ただし、著者はこの本の中の一章「「天下の朝日」にこう書くと読者はこう怒る」で、自分の文章に対する読者から寄せられた怒りの手紙を類型別に分けていますが、数少ない賛同の手紙に対しても冷静な目を向けて、「意見を異にするが感心した」という手紙はなかったと言います。果たして、本章を読んで、「意見を異にするが感心」するのか、それとも怒りの手紙を投書することになるのか…。
帯の異常に詰まった文章や、巻末のリストなど色々な仕掛けが施されていて、持っているだけでも楽しい本です。