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さようなら、ギャングたち (講談社文芸文庫)

価格: ¥1,512
カテゴリ: 文庫
ブランド: 講談社
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ポストモダン、ネタとマジ、完全倒錯 ★★★★☆
すげえ小説だなあ、とひたすら脱帽しながら読んだのを
覚えています。10年ぐらい前だったかな。

アラレちゃんとカール・マルクスが出てくるところとか、
私の好みにぴったりというか。いや、この本を読んだこ
とで、自分の中にあるぽすと・もだんな性質が開花した
のかも、とも思ったりします。

でも、どうなんでしょうね。この小説が書かれてからす
でに30年。いまだ色褪せてないかと言えば、そうとも言
いきれないですよね。

ネタとマジの競演というのか、浅田彰もどこかで言って
いた記憶がありまして、ポストモダンという言葉を、私
もそういうように解釈していますけれど、2ちゃんねるを
はじめ、そういう感覚はもう人口に膾炙してしまったの
かも、しれませんね。

個人的には、ネタ/マジの世界というのは、すっかり地
になっています。だから、高橋源一郎の世界に飽きたと
ころもあって、たまに、マジ一辺倒の言葉、右派的な世
界を面白いと感じることがあります。

究極の実験というのは、完全な倒錯だと思うのですよね。
誰も気付いてくれなくていいからひとりで完全倒錯をや
らかしてみたい、みたいな。
日本文学の最高傑作 ★★★★★
小説は言葉で描かれていて、僕も頭の中で言葉で考えていて。僕は、言葉で読みながら、言葉で考えているんだ、ってことに気づかせてくれた大切な小説。
それって、どういう意味なんだい? ★★★★★
『さようなら、ギャングたち』は「むずかしいことば」で書かれた小説ではない。
わたしたちが小説を書くときは、どうしても「むずかしいことば」を使ってしまう。「むずかしいことば」とは言いかえれば、「小説で使われることば」である。
世の中の小説はみんな、「小説で使われることば」で書かれている。それはわたしたちがふだん使っていることばではない、演劇の「かきわり」のようなことばである。
高橋源一郎は、そういうのってちょっと違うんじゃないかなあ、と言った。「むずかしくないことば」で小説を書こうとした。だから彼の小説は、奇妙で、おかしくて、意味不明瞭で、叙情的で、詩的で、前衛的で、でも偉ぶっていなくて、チャーミング、である。
子供の頃、本書を読んだ時の衝撃は忘れられません ★★★★★
子供の頃、本書を読んだ時の衝撃は忘れられません。ウブだった、現代詩に免疫がなかった私は、エッセイ『ぼくがしまうま語をしゃべった頃』が出るまでは、著者は少し頭がおかしい人なのではないかと思ってました。タイトルはたぶんフィリップ・ロスの『さよならコロンバス』と『われらのギャング』を組み合わせたもので、中身も随所でサンプリング的なことをやってます。パッと今思いつくのは、集英社版『世界の文学』全集から出てた『フィネガンズ・ウェイク』の抄訳とか寺山修司や植草甚一なんかのエッセイから引用したり。ウォーレン・ビーティのくだりは植草『雨降りだからミステリーでも勉強しよう』の中にあったはずです。『気狂いピエロ』の影響もかなり強いです。ギャングが銅像になるのは野田秀樹の『空、見た子とか』か『当り屋ケンちゃん』の借用だろうとずっと思ってたのですが、今調べたら、2作とも『ギャングたち』とほぼ同時期の作品でした。いくつかの引用は単行本化の際に削られたらしく、吉本隆明による『ギャングたち』批評では「単行本には存在しない」中島みゆきの詩の引用が、引用(孫引き)されてました。吉本は雑誌掲載分に基づいて書いてたせいです。
論理的に読もうとすると駄目 ★★★★☆
正直なところ、私には理解しきれませんでした。
ですが、文字からイメージが次々に浮かんでは流れていき、
繋がりが無いようで通底しているような、新鮮な体験でした。

劇的に世界観が変わるとまでは言いませんが、一度触れてみて損は無いと思います。
こういった本の読み方もあるのか、と教えられました。