桐野夏生が好きな人ならきっと楽しめる
★★★★★
悪の心理、人間の奥底をゾクゾクするような筆で見据えた小説が好きな人なら、最後まで一気に読んでしまう面白さです。
最初の数ページ、鉄道駅の描写が退屈だ、などと思っていたら、急転直下するストーリィに驚いているうちに、黙示録的なラストの場面まで、切迫したドラマに満ちています。
濃すぎる男女の登場人物は、やがてこの世のものとも思えない地獄絵図を現実のものにしてしまいます・・・
蒸気機関車の黒々とした、文明の利器となり凶器ともなる鉄の巨体を女性にたとえ、苛酷な労働で、それを自在にあやつる理性的な機関士の男を主人公に据えた。しかしその男こそ、「居酒屋」ジェルヴェーズの長男であり、優しく頼れる恋人の顔の裏に、危険な素顔を隠しているのだ。
鉄道の隠喩を徹底してうまく使ったという意味で、ディケンズの「信号手」にも比肩しうる。もっと読まれてもよい、非常に重層的で、かつ情動に訴えかける小説だ。
アマゾネスのような女、フロールの嫉妬、心理の襞も、作者ゾラは女性の心理を知り尽くしたかのように、巧みにとらえている。
一人の美しく優しい女をめぐって、ルーボー、ランチエ、カビッシュの3人の男が、裁判で相見える場面で、「真実がよぎった瞬間、憂愁が空間を満たした」場面は、ずっと忘れられないと思います。