表題作の「車掌さんの恋」は、忘れがたい過去の恋人への想いと毎日の生真面目な勤務の様子が綴られていくなかに、突如出現するイレギュラーな小事件が、小気味いいアクセントになっています。寸分の狂いもなく行われる車掌さんの業務動作と、過去の恋を逡巡する気持ちが、アンバランスな対比で面白い効果をあげていると思いました。
中学1年生の太一が、青春時代に突入していく諸々を描いた「中吊り泥棒」は、特徴的な登場人物が脇をかためて、わくわくする展開でしたし、「きせる姫」は、湊(みなと)と尚子、2人の女子高生の友情が現代っ子らしく描かれ、この年代特有の心の揺れが、ある意味爽やかさを誘う話でした。
「あみだなの上」が、何と言っても掉尾を飾るにふさわしい好篇でした。
人生を線路に喩えて語ることはよくあることかもしれませんが、その終焉の時を、走る電車と重ね合わせて、走馬燈のように過去に想いを巡らせる主人公がなんともいい。
苦く切なく、未だ呑み下せないわだかまり。人間は綺麗事で生きられるほど単純なものではなく、たった一人のたった一度の人生に、点々と染みを遺しながら、死の時までを生きるものだと感じたのでした。
しかしながら、生きてきた道筋はこんなにも愛おしく、過ぎてしまえば夢のように脳裏に立ちのぼってくる様が、しみじみとした味わいの物語でした。
5篇それぞれの妙味を満喫して、“ちょっとそこまで”の旅をさせてもらった本でした。