非情さの蔭に
★★★★☆
2000年に小学館から出た単行本『ハート・オブ・スティール』の改題・文庫化。
女性探偵・笹野里子を主人公とする短篇4本が収められている。芦原作品としてはちょっと異色かも知れない。ハードボイルドの非情な世界なのである。それが著者の柔らかな文章・微笑ましいユーモアで味付けされている。結果、なんともいえない不思議な雰囲気が漂っている。
物語の意外性はすごい。しかし、ミステリとしては難あり。
『月夜の晩に火事がいて』の山浦歩が脇役として登場している。
主人公の行動原理にのけぞっちゃいます。
★★★☆☆
本書は私立探偵笹野里子が遭遇する四つの事件を描いた連作ハードボイルドミステリである。であるからして、ここに登場する笹野里子はタフな女なのである。不可解な死を遂げた夫の後を継いで私立探偵になった彼女は汚い世界にも加担に立ち向かい時には荒っぽいことも辞さず、解決しても気の滅入るような事件をこなし、いまではいっぱしの探偵になっている。
そんな彼女が直面する四つの事件は実業家の孫娘が陥った暗くて救いのない話にはじまり、売り出し中の女優の素行調査で浮かび上がる不快な因縁や、凄惨で残忍な殺人をめぐるハードな事件、夫の死の真相が浮かび上がる醜悪な事件と、どれをとっても陰惨な印象を受ける事件ばかりだった。ミステリとしてのサプライズは薄いかわりに、里子の起こす行動の衝撃と事件の陰惨さで妙に心に残る奇妙な本である。
一編の長さは60ページ程。だから展開は非常にはやい。性急すぎていささか呆気ない。事件の解決に至る過程が短いゆえに、入り組んだプロットの妙味は味わえない。どちらかというと、配役の決まった安易な二時間サスペンスをみている感覚に似ている。
だが、本来ならそれだけでミステリ作品の価値が無くなるに等しいのにも関わらず、本書は一読忘れがたい印象を残す。それは先にも書いたように、ひとえに主人公である笹野里子の行動原理によるところが大きい。彼女はそんなことしないだろうなとタカをくくってる読者の横っ面を張りとばす行動をとるのである。それは抑鬱から解放されたかのような行動であり、およそ人間的でも現実的でもないのだが、それが成立してみえるのは作者の手腕によるところが大きいだろう。
すごい、ハードボイルド
★★★★☆
久々に、こんなハードボイルドな女性探偵に出会いました。なんといっても、やたら強い。恐れを知らない。無謀ともいえるこの姿勢は「失うものがないから」だそうだけど、そこらの男じゃ太刀打ちできないと思うくらい、強いです。
女性の探偵といえば、若竹七海さんの作品に出てくる葉村晶とか、探偵じゃないけど乃南アサさんの音道貴子刑事とか、強い人はいるけれど、この人たちはちゃんと“弱い”部分ももっていて、それを自分でもわかっている。人間くささを感じるのですが、この主人公・笹野里子は何とも人間離れしているというか、事件の解決方法も、とても女性の発想ではできないであろうやり方なのです。そこまで彼女を冷えきらせたのはなんなのか。夫の不可解な(というより納得できない)死なのでしょうか。
表題作『雪のマズルカ』のラストはとにかく驚いた。思わず、「え!?」と声に出してしまったくらい。読み間違いじゃないよね、と読み直してしまいました。え、そんなのあり!?と、きっと驚くでしょう。
同じ作者の『ミミズクとオリーブ』に出てくるレトロな奥様探偵とは180度違うイメージの女性。とても同じ作者が書いたとは思えないほどの違うカラーの作品です。
ここに出てくる、里子の同業者で唯一の友人”ふーちゃん”が『月夜の晩に火事がいて』という作品の主人公であることを知り、こちらも読んでみたくなりました。
探偵に過剰な情熱は要らない
★★★★★
寂寞とした/冬の朝は何も包みこまず何も隠さず‾
そんな雰囲気の中にこの探偵はたたずんでいます。
夫とは死別した元保育士。学生時代はテニスをしていて、そして(良くあることですが)新聞は読みません。黒のカシミヤのコートも持っていますが、普段着は麻のジャケットにジーンズ。風邪を引いたらほうじ茶とタータンチェックのひざ掛けを愛用します。丁寧なコトバ遣いをするので、小学生か中学生くらいの女の子のお母さんに見えるかもしれません。
そんな一見ごくフツウの41歳の女性。
そんな探偵は、解決したとしても快哉を叫べない事件に引き寄せられ、癒しを受けることなく、また、古いビルの北向きの部屋に戻っていきます。バッグにはリボルバー/事務所の引き出しにはナイフとメリケンサック/自宅には4kgの鉄アレイ...
芦原すなおらしいユーモアもありますが、「ミミズクとオリーブ」のあの温かみとはかけ離れた世界の話です。