主人公・英雄が九歳のとき、かわいがってくれたリンさんが映画館の二階から墜ちて死ぬ、という場面から物語は始まる。瀬戸内海に面する山口の小さな町で英雄が体験する毎日が生き生きと、そして淡々と描かれている。海運業、商業を広く営む厳格な父、その父を頼り、慕って父の下で働き、そして寝食共にする人々で、英雄は大家族のような家で育つ。家や町の人々の出来事、広島の原爆が英雄の周りの人々に残した傷、友人や教師、恋。これらに触れて、英雄は成長していく。
大学へ進学し、英雄は町を出て上京する。そこには家や父への葛藤、自分は何をしたいのか、何をすべきなのか、そんな大きな迷いがあった。
今、大学を卒業して将来を考えなければいけない時期にある私には、この英雄の迷いが共感を持って理解できた。同じ境遇にある同年代の方々は多かれ少なかれ抱えている問題であろう。英雄に共感しながら話を読み進めると、英雄が最後に到達するところには、自分にも何かヒントがあるような気がした。そこに答えはないのだが、人が、心の中に持つべき大切なものを与えられた。
話の中には、弟や友の死、たくさんの様々な人との関わり合いも描かれる。普段は身近にあって気づかない人の温かさもきっと感じることができるだろう。
芯のある少年英雄は、その土地で力のある親元で何不自由なく育つが、人の気持ちを汲み取る優しさを持ち合わせた子供です。坊ちゃまと呼ばれ、小さい時から何でも手に入ってしまったら、わがままになりがちですが、英雄を取り囲む周りの人々との交流で英雄は優しく強い人間に成長していきます。
青春編『岬へ』では弟との別れによって母親の強さをまざまざと見せ付けられることになります。私は3作通してこの場面が一番胸にきます。親の子を思う気持ちの強さは、男親と女親とでは表現こそ違えどもどちらも同じ思いなのですね。