しっとりと静かな音が心に沁みるグリーグの叙情小曲集~「アリエッタ」から始まる本作は、ピアニスト自身の選曲だけあって、一夜のサロン・コンサートのように見事な流れをもった構成となっている。なかでも、ショパンに酷似したリャードフ「バルカローレ」、洒脱でしかも憂いの深いプーランク「エディット・ピアフへのオマージュ」は、比較的珍しい曲ながら、こうした配列の中では詩情豊かな魅力を発揮している。
リスト編曲による「夕星の歌」(ワーグナー)、「リゴレット・パラフレーズ」(ヴェルディ)も、田部の手にかかると、オペラの愉悦を含んだアレンジものではなく、シリアスな器楽曲として響いてくる。リスト「愛の夢」も有名曲特有の俗っぽさは無く、装飾音さえ真面目な音楽の一部となっている。メンデルスゾーン「紡ぎ歌」やモシュコフスキー「火花」のように、きらびやかな曲でも、田部京子の音色はしっとりとした落ち着きを失わない。
特にモシュコフスキーはホロヴィッツのアンコール・ピースとして有名な小品だが、かの巨匠が愛嬌と自己主張の塊のようなギラッとした妙技を見せていたのに較べると、田部の演奏は華やかであっても、外面的効果に寄り過ぎることはなく、上品なつや消しの真珠を彷彿とさせる音色に魅力がある。全体を通して、輝きよりは陰影、外面性よりは内面性への志向が伝わってくる。とても好感の持てる1枚である。(林田直樹)