著者なりの推理
★★★☆☆
著者は江崎グリコと他社に対する狙いや手口が明らかに違うことから「犯行の前半は、江崎グリコに怨念を抱くリーダーが金儲けを餌に事件師集団を集め、共犯として引っ張っていたが、途中で死亡ないし病に倒れるなどして挫折。その後新しいリーダーが江崎グリコに休戦宣言を出し、中盤から後半にかけては配下のプロ集団による金目当ての犯行に変わった」とするリーダー交代説を採る。しかしそれにはメンバーの結束力は並大抵のものではないはずで、過激派くずれ、暴力団関係者、事件師、元警察官、元自衛官らが浮かんでくると。
話は最後は金大中事件、イトマン事件から韓国にまで及び、小さな手がかりを大きく広げた感もあって、話が散漫になってしまった。しかし江崎グリコの裏取引疑惑は最後まで残り、本の後ろに追加された「時効に捧ぐ」で再び取り上げている。
戦後日本の闇に何が蠢いて居たか
★★★★★
グリコ森永事件に対する警察の捜査が、オウムの場合と同様、何処かからの強い圧力によって阻害された事は、恐らく間違いの無い事であろう。
本書には批判が多い様である。この批判の多さは、本書が語る事実関係について、少なくとも細部では、誤りも有る事の反映かも知れない。だが、それでも、本書を読んで、戦後日本の闇の深さを痛感する事は、絶対に無意味ではない。
(西岡昌紀・内科医)
奥歯にモノがはさまったような
★★★☆☆
題名通り「グリコ・森永事件」の真相に迫って、その闇の部分を浮かび上がらせようとするルポである。本事件は世間を騒がせ報道も大々的になされ、大筋の所は一般大衆も知っている事だがそれ以外の事も一応提示してくれる。
拉致対象者の人間関係や当該会社の当時の事情、犯人逮捕あるいは接触機会を悉く逃がした警察の失態ぶり。しかし、副題に「真相」とある割には記述が曖昧模糊としているのである。勿論、結論は示されない。それとなく匂わせている箇所はあるけれども。「私はここまで書きました(ここまでしか書けません)から後は読者の皆さんが想像して下さい」では読む者の欲求不満が募るばかりだ。題名から「真相」の文字を落として、著者なりのスタイルで歯切れの良いルポとして発表して欲しかった(あるいは初めから書かない)。奥歯にモノがはさまった物言いはルポタージュにふさわしくない。加えて言うと、本事件に関ったジャーナリストは本書程度の内容は皆知っている筈で、著者に特別なコネクションがないとすれば、著者だけがこのような本を出す事に違和感を覚える。
関西で生まれ育った人でないと分からないかも。。。
★★★★★
この本を読んだ後、たまたまこの事件の話しを父親とする機会がありました。父親は事件当時に仕事の関係で警察の公安方面と交流があり、この事件の表に出てこない背景を聞いていたを、その時に知り、著者がほやかしている内容についての私の想像が当たっていたことが分かりました。そして、著者が、それ以上書けなかった理由も、それは当然だと納得しました。
ただ、例えば東京で生まれ育ったような方には、想像も付かないような背景であるということが、この著書の評価を難しくしていると思います。この著書が、広く日本で読まれ、そのぼやかされている部分を口コミなどで広めることが出来れば、日本のタブーの解消に貢献できるかもしれない。そういう想いで、星5つです。
綴られた事件の裏側
★★☆☆☆
映画『レディ・ジョーカー』(2004)をふと観てからというもの、さっそく高村薫原作(1997)を読み、やおらあの事件は何だったのか知りたく思い、まず朝日新聞大阪社会部『グリコ・森永事件』(1994)を読んでから、次に本書に進み、最後に宮崎学・大谷昭宏『グリコ・森永事件―最重要参考人M』(2000)を読んだ。朝日新聞本はいわば「表」の事件簿で、ことの経過をつかむにはよかったが、背後関係にはほとんど触れていない。これに対して一橋本は「裏」の事件簿で、闇の部分に斬り込んでいる。しかし、ことの根深さに反して軽薄な印象がついてまわった。おそらく、一部から批判されているように、実際には必ずしも著者が自分の足でかせいだルポでないというところに起因するのかもしれない。「人間」が薄いのである。高村本はあくまでフィクションであって、実際の事件をもとに別の形に再構成されたものではあるけれども、描かれる人間は濃厚だった。宮崎・大谷本によると、本書の記述は少なくとも「M」に関して正確でない。また「X」に関しても腰が引けている。