人生とは、老いることである。
★★★★☆
表題作のほかに「爪を噛む女」。青春時代に同じ道を目指しながら、方やその道のスーパースター、自分はといえば食うために働くだけの唯の人。超有名人の幼馴染みという完全に脇に回った人生を生きなければならない女の自己弁護、卑屈、嫉妬、裏切り、自意識のひとり相撲という煉獄の日々を克明に描写している。克明過ぎて、読む方は身につまされながらもどこか喜劇的ですらある。
青春時代、全ての可能性に用意されていたように見えたゴールが、いつの間にかたった一つのゴールしかないことに気づかざるをえない「特に何も持たざる人」の人生の残酷。
ヘルパーである主人公が世話をする独居老人たちの知られざる一面を読みながら、もしも自分が老人で、頼んでいるヘルパーさんがこんな悩みを抱えて自分の世話をしているなんて思いもよらないだろう。人間は血の詰まった袋ならぬ、悩みの詰まったひとつのひとつの袋なのだ。所詮「生きるためにしか生きられないのだ」という思いを強く持った。
「団地の女学生」は、戦前・戦中を過ごした老女のかつての恋の追善旅行と彼女に付き添うゲイの中年男性を描いた、まっとうな(感動的ともいえる)世代小説だ。次世代に何を引き継げるのかという根源的な問題を扱っている。本のタイトルともなっているこの題名が(装丁も)どうもピンとこない。「もう一度猫を飼うまで」なんてのはどうでしょう?
この作者については、同性愛について発言で注目し、斎藤綾子とのセックス対談を文庫で読んだことかある程度。ゲイ専(?)かと思いきや、今や一端の作家である。さすがにひとつのことをトコトンこだわり追求できる人は、やがてはある普遍性を獲得できるもかもしれない。どちらの編も1人暮らしの老人が取り上げられているが、家族を持たず(次世代をつくれず)1人老いて行かざるを得ない筆者の心情を反映しているのか。
知らないという慰めと希望
★★★★★
他人の全てを知る事など不可能だ。
隣人であれ、家族であれ、親友であれ。
それは当たり前だけれど、私たちはつい忘れて日々を過ごしている。
どんなに親しい仲でも、相手を知ったつもりになっても、ある日いきなり別の顔を見せられる。
その瞬間の驚きや不安定感だけではなく、他人を知り尽くせない事の面白さ、楽しさ、素晴らしさをも、この作品は教えてくれた。
どこにでもいるような人間にも、その人だけの思いと歴史があり、誰にでも、美しいだけではない感情がある。
それらは日常生活の中に埋められて、人前に姿を表さない。
だからこそ、人と関わり、人は生きていけるのかもしれない。
キュートな日常
★★★★★
昔から団地が多い地域に住んでいて、子供の頃は仲の良かった友達が住んでいたこともあって、遊びに行くことが多かった。
いつも廊下を照らすはずの蛍光灯が切れかかって、陽があまり射さないからいつも薄暗くて、古いコンクリートが湿気を吸うから少し肌寒かった。友達がいる目当ての部屋にたどり着くまで、少し錆びた鉄製のドアがずらりと並んでいるのが目に入った。マンションなどと違った無機質な光景は、人が生活している生々しさを肌で感じて、子供心ながら不思議で、怖いとも思っていた。
時々、玄関がドアが半開きになって、ワイドショーの音が漏れているところもあった。不用心にも玄関が少し見えるとその奥を覗いてみたくなったのを覚えている。どんな人が暮らしているのだろうと。
本書はそんな団地に住む人たちを描いた作品集で、特に「爪を噛む女」が気に入っている。年老いた母と暮らしながら、ヘルパーとして生計を立てている美弥という中年女性の一人称で書かれる。
仕事先でいじわるな老人から毒づかれれば内心で罵倒し、優しい老婆には心からいたわる。とりたて派手に過ごしていないことと将来への不安を抱える中、スター歌手だった幼馴染の都と再会する。そこから彼女は嫉妬と羨望という台風みたいな感情に、体も心も振り回されることになる。
同級生がいい会社に入ったと聞けば、おめでとうと祝いながらも内心では憎らしいと思ったことがある。高給取りがいればあやかりたくなる。自分より知性がある人にはすがることで、自分が偉くなったような錯覚にクラクラと酔った。モデルのような体型の者がいれば、自分だってああなりたいと思いながらも、些細な欠点を陰から指摘することで、自分の自尊心を守ってきた。
美也のように、羨望という名の感情が体内からあふれ出て、突飛な行動をとることも多々あった。頭の片隅では自分が他者になるのは無理なことであり、不相応であり、周囲から痛々しく見られるのはわかったつもりでいたとしても、やめられない。
美也のように選ばれなかった者だって、いろんな感情を腹に溜め込みながら、たくさんの夢や希望をひとつずつ諦めていかなければならないとしても、生きていかなければならない。
著者はそんな日常を生きる人やその周囲をいじわるに、そしてキュートに描くことによって、優しく肯定している。
味付けに一工夫
★★★★☆
「爪をかむ女」「団地の女学生」の2つの話が収録されている。タイトルとなってる話より前者のほうが長い。
前者の主人公は30代後半の女性。若い頃は演劇や音楽での成功を夢見ていたが叶わず、現在はホームヘルパーをしている。そこに中学時代の仲良しの友達から連絡がくる。この友達は音楽で大成功した今や有名人。当時は「格下」に見ていた相手の成功と自分の現状に嫉妬心を覚える主人公。そこに介護している老人達の物語が加わる。
ごくありきたりの素材を寄せ集めた、どこかで読んだような話である。話の展開もごくありきたり。途中で話が読める。それでも非常に面白い。ところどころ絶妙な心理描写、独特の表現があって、退屈させない何かがある。
タイトルとなっている話のほうの主人公は老女と独身男。老女がある日、ある理由で故郷を訪ねようと思い立ち、付き添いを隣人である40代の冴えない太った独身男に頼む。旅の結末、その時の老女の心境もありきたり。それでもこの独身男の存在、その行動が新鮮なスパイスになって話が面白く仕上がっている。
つまりは「ありきたりに見えるものでも、やはりありきたりではない」というテーマ(?)に沿った、とても面白く楽しめた本だった。
団地の…と聞くと、つい…
★★★★★
「団地の女学生」って、
ちょっとエロい感じがするのは世代的なものかなぁ(笑)。
ちょっとオーバーかもしれないけど社会的問題作品では!?
と思わせる内容です。面白い内容はモチロン
30年前愛読したコバルト小説風な文章の流れが気持ちよかったです♪