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地下鉄のザジ (中公文庫)

価格: ¥740
カテゴリ: 文庫
ブランド: 中央公論新社
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ぐるぐる回る ★★★★★
なんだかぐるぐる回っている。

主人公ザジの珍奇な名セリフ「けつくらえ!」にしても、鸚鵡の「しゃべれしゃべれ、それだけが取り得さ」にしても、世界そのものにしても、繰り返されたり脈絡がなくなったりで、ちっとも落ち着いていない。

だがそこがいいところで、突如町のはずれに現れた簡易遊園地みたいな、不思議なテンションの高さが魅力。
文学とかシュルレアリズムとか、小難しいこと言ってると、きっとうまく楽しみきれない。

映画のザジもまたかわいい。
エスカルゴの殻をおじさんに投げつけるシーンは、今でももっとも好きなシーンのひとつ。
買いですが・・・。 ★★★☆☆
「文体練習」や、古くは「人生の日曜日」「きびしい冬」で知られたレーモン・クノーですが、この作品については、翻訳の賞味期限が切れているのではないかというのが正直な感想です。生田耕作的な翻訳として受容できなければかなりつらいものがあるように思えます。ザジがしきりに口にする「○○、けつ喰らえ!」という台詞は、わかるようなわからないような言い回しですし、例えば、P177の「巫山戯る」に「ふざけ(る)」とルビがふってありますが、この字を用いるのは原語の持つニュアンスがこの漢字でなければ出せないからなのでしょうか。他にも疑問に思うところがいくつもあって、気が付くとそういったことにばかり気を取られている自分がいました。ただ、作品のコンセプト自体には高い今日性がありますので、30数年振りの新訳でまた新たに読み直したいところです。ところで、先日読んだ多木浩二の「肖像写真家」(岩波新書)にフランスの写真家が撮った「ザジ」という大道芸人が掲載されていますが、本書となんらかの関係があるのでしょうか。
ご注意。 ★★☆☆☆
誰も言っていないみたいなので書いておきますが、
この作品の文学的意義はさておき、この翻訳は読みにくいです。
そもそも、意図的に脈絡の無い話なのだけれど、それにしても
なんだかつなぎが上手くないし、話のコミカルな軽妙さと
訳の日本語がどうも上手く接続していない。

なんだか、先入観が先にあって深読みしている人が多そうなのだけれど
私はこの日本語にちっともなじめず・・・。
あら ★★★★★
 今でも全然古びない大傑作。
 少女ザジの小憎たらしい性格もよいが、戯曲調の文章も魅力。一見ドタバタ喜劇だけれど、さまざまなアイロニーが渦巻く、シュールな作品に仕上がっていて、普通に面白くよめる。
 たとえば、鸚鵡の台詞「喋れ、喋れ、それだけが取り得さ」。これが、たぶん50回くらい繰り返されているんだけれど、何故、こう言うのかといえば、登場人物が鸚鵡に向かって「喋れ、喋れ、それだけが取り得さ」、と連発したからに他ならないだろう。いまはもうみんな言わないけれど、鸚鵡がそういわれ続けなければならなくて、さらに、この作品のいちばんのアイデンティティを形作っているのは台詞、という、そんな構成が見事にはまっていて、すごすぎる。
洒落てるねぇ~。 ★★★★☆
これはPOPアーティスティックなフレンチ文学といったところなんでしょうが、ちょっと下品な外国の落語のような印象も受けます。きっとレーモン・クノー氏が落語の存在を知っていたら、感動したのではなかろうか。しかしまぁあのザジのなんとも言えない人柄(人柄というよりガキ柄)、小憎くって、どこか超人じみてて、最高です(ちょっとあんなキャラは思いつかんで)。

これは全然普通の文学じゃありません、「あとがき」にもあるように、シュルレアリスムと実存主義の板ばさみで疲れ果てていた当時のフランスの読書会に鶴の一声のような革命をもたらした一冊なのだそうで、なるほど確かにこれは難解な物への果てしない皮肉を感じさせます。それでいて、素人くささや、質の低さを感じさせずに、やっぱり文学として高次元で成立していることは素人目にも一見。そこがスゴイと思いました。

まるでアンディ・ウォーホルがどこまで難解になれるかを競っていた美術界に漫画みたいなキャンメル缶の絵を持ち込んだ時のようなスゴ味を感じさせます。こりゃ映画のほうも見ないわけにはいきません(監督は「死刑台のエレベーター」で有名なルイ・マン氏だそうです)。

中公文庫、生田耕作、アンタらエライで。