「喜知次」読後の爽快感を期待したのだが・・・・。
★★★★☆
乙川優三郎の実力を再認識した作品。
朝日新聞に半年にわたり連載された新聞小説だそうだが、朝日の読者ではない私にとっては初対面だ。あの乙川優三郎の作品ということで手にとった。
時代は江戸。女性蒔絵職人理野を、原羊遊斉、酒井抱一、鈴木其一等の実在の人物絡ませながら江戸期の職人、工芸の世界を描いていく。
なによりも、主人公や登場人物であるこれらの名家の作り上げた作品の描写が素晴らしい。
それらの内の幾つかは、巻頭にカラー図版が載っている。特に、「狐嫁入り図蒔絵櫛」は、描写から受けたイメージと寸分たりとも違わないものだった。
江戸から、蒔絵の修行に上京した兄の身辺を世話をするために上京した理野。兄の急逝に伴い、自分自身が蒔絵を学ぶことを決心する。様々な人、作品との出会いの中で、自身の心・技も上達していく。彼女と関わる勇吉、抱一、何かと世話をしてくれる寄宿先の蝴蝶、春妙尼等の描写が生き生きとしている反面、主人公の魅力の描写が今ひとつ物足りない。
更に、年頃で未婚の主人公が、父の命とはいえ、なぜ兄と一緒に上京してきたのか、その謎解きは最後の方にあるのだが、単純すぎ、いささか期待外れだった。
これらの点が、やはり、今ひとつしっくりこない作品タイトルとともに、原点の理由だ。
これらを差し引いても、私にとってこの作品は「喜知次」とともに、乙川優三郎を代表する作品になったと思う。
彼の作品は、今まで藤沢周平と比較して読んできた。しかし、これからは「乙川優三郎」として楽しんでいきたい。時代小説の代表的な作家として、今後が楽しみだ。
文庫化まで待てない
★★★★★
初めてのレビューを書いて下さったSHIKI様ありがとうございます。私も毎日わくわくしながら新聞をひろげたものでした。ゆっくり読むべきと思いながらも待ちきれずに寝ぼけた頭で一気に読んでしまったものです。新聞の連載小説というのは本当に毎日の挿絵が贅沢ですね。ただ読み始めにはどんな素敵な物語が始まるのかわからないので最初からスクラップすることもできません。今回の本にあの挿絵が一枚も載っていないなんて余りにも残念です。理野をはじめ登場する女性達の生きる環境は、あたかも男性達の築いた塀の中の抑圧されたもののようでありながら、実は内面では強く自立しているさまが魅力的で、おんなが一人でどう生きるかという悩みの答えを探すような気持ちでも読みました。また理野が様々な技法を駆使して創作に打ち込む蒔絵の装身具がとても美しく描かれているのも楽しみでした。単行本では作中に登場した実在の人物が創った蒔絵の写真が掲載されているというので見てみたいと思います。やっぱり買うしかないかな。
麗しくも苦い蒔絵の世界
★★★★★
著者の小説はこれが初読で、連載時に中一弥氏の挿絵めあてに読み始めたのですが
どっぷり引き込まれてしまい、ついに新聞契約を切る機会を失ってしまった作品です。
主人公の理野の心の揺れがあまりに身につまされすぎて、正直、いい年したおじさんが
手に職持つ女性の機微をなんでこんなにも真実味溢れて描けるのか空恐ろしいほど。
時代劇におけるリアリティというのは、往々にして変な現代臭とセットだったり
するのですが、この本では全くそういったものがありませんでした。
くどいように見えて淡々とし、文章自体が麗しくそして細やかです。
男性の視点だとまた違った感想もあるのでしょうが、仕事をしている女性は
一度読んでみて欲しいです。
ちなみに、この単行本では巻頭カラー4ページで、作中に出てくる実際の蒔絵作品の
写真が載っています。
その実物写真が素晴らしかったのでハードカバー購入を決めたのですが、挿絵……
挿絵の宿命とはいえ、1枚も載ってないのはもったいなさすぎる。
(収録してくれたら、定価プラス1000円、いや2000円でも買ったのに)
洒落た蒔絵意匠や根岸の風景、坂井泉水さんがモデルだという理野の凛とした人物画など、
いつか文庫化される際には収録されますように。